見出し画像

『クリスマス 【前編】』

普段の日常が特別な日常に変化していく心を彩る物語

目次
1章 「空」
2章 「観葉植物」
3章−1 「川合」
3章−2 「川合」
4章−1 「向日葵」
4章−2 「向日葵」
章−1 「夕暮れ」
5章−2 「夕暮れ」
6章−1 「勿忘草」
6章−2 「勿忘草」

最終章−1

朝早くに目が覚めた。誰かに起こされたわけでもなければ、目覚まし時計に
起こされたわけでもない。窓の外を見ると空は夕方の空よりも力強く真っ赤に染められていた。朝にこの景色と出会うのは初めてだった。

空に出会うことは人に出会うことと似ていると思う。まったく同じ空は存在しないように同じ人も存在しない。

そして、この瞬間という一瞬は一生に一度しかないということも頭ではわかっている。青彩とあとどれくらい会えるんだろうか?そんな疑問を浮かべながらも会いに行くのが待ち遠しくもあり、正直に言うと少し恐かった。

青彩のお母さんのメモには病室まで書いてあったので勇気を出していくしかないと自分の心の中で決意を固めた。

向かう先の病院は県内でも有名で自然に囲まれ、キレイな外観は一流のホテルのようにも感じた。

僕は小さな診療所に行くことはあっても、こんなに大きな病院に来るのは初めてだった。受付で病室を聞いて迷いながらも部屋にたどり着いた。青彩がいる部屋は病院の上の階で廊下から見える景色は田舎町を一望できるほどだった。

メモの番号が書いてある部屋にたどり着いた。僕は息を大きく吸い込み、ゆっくりと細く吐き出し、中に歩みを進めた。

「久しぶり」

急な訪問で青彩は飛び跳ねるように驚きながら

「えっ!!なんでここにいるの?」

と布団に包まり隠れた。

「急にごめん。青彩に会いたくて」

こっぱずかしいようなセリフが自然に口から出てきたが違和感がなかった。

「来るなら言ってよ!」
「ごめん。これだけ渡しに来た」
「ごめん。あまり今の姿見られたくないから、そこのテーブルに置いてて」

布団に包まったまま青彩は答えた。僕は持ってきたものをテーブル上にそっと置いた。

「わかった。置いておくね」
「これから、来るときはちゃんと言ってね」

青彩のその言葉に僕はまた来ても大丈夫なんだと少し気が楽になった。

「わかった、次からそうする」
「この後、いろいろあるから今日はごめん」
「うん、また来るよ」

僕は無力感を感じながらも帰ろうとしたとき、青彩は少し震えた声で質問してきた。

「佐助くん、ひとつ聞いてもいい?」
「うん、いいよ」
「佐助くんは、マラソン大会でなんで最後まで走り切ったの?」
「うーん、そうだな。単純にゴールしたかったからかな」
「途中でリタイアは考えなかったの?」
「考えなかったかな。怪我したからとか順位がどうだとか、ゴールしたい気持ちと関係ないじゃん」
「そっか、やっぱり佐助くんらしいね」
「うん。じゃ、またね」

一呼吸の間があった。

「ありがとね」

と青彩は声量は少ないが、その一言に青彩の全ての想いを僕は感じた。
同時にそれは僕の感じたことで青彩自身のことを何も知らないことに気がついた。

青彩はどんな想いで、どんなに苦しんで、どんな希望を持って今の言葉を僕に伝えてくれたのか。わからない。

でも、わからないと思えたからこそ、青彩をもっと理解していきたい。

そんな想いが、ただ、ただ強く心に残った。

いいなと思ったら応援しよう!

あずまさち
よろしければサポートお願いします!あなたの人生に少しでも彩りを与えられる言葉を届けられるように、製作費として活用させていただきます。