『勿忘草 【前編】』
普段の日常が特別な日常に変化していく心を彩る物語
目次
1章 「空」
2章 「観葉植物」
3章−1 「川合」
3章−2 「川合」
4章−1 「向日葵」
4章−2 「向日葵」
5章−1 「夕暮れ」
5章−2 「夕暮れ」
6章−1
最高潮に紅葉した葉たちは力を出し尽くし、地に向かって休息するように落ちている。逆に街はイルミネーションでひかり輝いていた。でも、そのひかりは生命が宿る色とは違って、表情がない人形を見ているようだった。
大学の中でも今年のクリスマスはどうするのか?という話題で賑わっていた。僕は久々に地元に帰ってクリスマスを迎える予定だ。彼女と過ごすことはなく彼女を持たない男子たちが集まる飲み会に参加する。クリスマスとは到底思えない。
幹事をする紫藤(しとう)に「参加予定」とLINEを送り、新幹線で帰宅している。僕は久々に帰る地元に少しワクワクしている。そして見慣れたはずの光景は、なぜか愛おしく感じていた。
クリスマス当日。地元の駅前の居酒屋に向かった。行ってみると予想以上の人たちが集まっていた。その中には、彼氏がいない女子も含まれていて中学時代に話したことがない人ばかりであった。いるはずがないと思いながらも無意識に青彩がいることを期待してしまう。もちろんそこに彼女の姿はない。
「久々だな、佐助」
「久しぶり」
幹事の紫藤が声をかけてくれた。
「今何してんだ?」
「東京の大学に行ってるよ。紫藤は?」
「俺は地元で公務員の専門に通ってるよ」
「へぇ、公務員目指してるんだ」
他にも久々に会う友人たちとも近況を報告をしながら、楽しく飲んでいた。そのとき、僕は耳を疑ってしまう会話を聞いてしまった。
「青彩って覚えてるか?」
「あんまり覚えてないな」
女子たちが僕の後ろで話をしている。
「うちの母親から聞いちゃったんだけど、白血病になったらしいよ」
楽しい空間は一瞬にして、落とし穴に突き落とされたように真っ暗になってしまった。飲み会で賑わう会話も楽しく飲み合う友人たちも街のイルミネーションのように感情を持たない"何か"になってしまった。
「ちょっと飲み過ぎたみたい。具合が悪くなってきたから先に帰るわ。すまん」
「大丈夫かよ?わかった」
紫藤は何もかも悟ったように僕の肩を支えながら、見送ってくれた。
「佐助、何かあったら何でも言えよ」
「おう、ありがとう」
紫藤の言葉に救われた。すると真っ暗な世界に一筋の光が見えた。
僕は、最後に青彩を引き留めたときの表情が鮮明に目の前に浮かんだ。
「だから、だったのか」
全てが繋がった気がする。その表情は笑っているのに心の奥底では1人で抱えきれない悲しみと辛さが見え隠れしていた。その笑顔を消したくない、見失いたくない、そして、もう一度会いたい。
その想いだけが僕を突き動かし無我夢中になって僕は走った。
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