【短篇】椿と花を吐く話
吐いたらアルコールと胃液に溶けたローストビーフに混じって椿が出てきた。花咲病は創作物なので、自分が酔って椿を食べた事を察する。
衝動的に喉を掻き毟って死にたくなった。
が、その前に大男が倒れているのを目の端に捉えてしまった。男の生死は兎も角、その人を放置して逝くのは良い事なのだろうか。寝たら最期なので目覚めの悪さは気にしなくて良いけれど、何となく微妙だ。気になって成仏出来なかったら如何してくれる。嫌だ。変に未練を抱えてこの世を彷徨うなんて地獄以上の地獄、味わいたくない。
取り敢えず、男の様子を伺う。俯せの身体はピクリともしない。死んでる……? 嫌悪感を抑え、勇気を奮い立たせて身体を仰向けにする。
男はよく知った奴だった。所謂『父親』に部類される人間だ。
爪先で脇腹を小突く。反応が無い。ただの屍のように思える。胸も腹も上下運動をしている様には見えない。念の為、口と鼻に手をかざす。風は感じない。ただの屍らしい。
ふと、唇の隙間に色を見た。余りにも色鮮やかなのでギクリとする。何だこれは。再び勇気を持って隙間に指を差し込み、強引に開かせた。
ぽろりと色鮮やかな何かが溢れる。
それは花だった。
正確には花弁であった。花の種類など碌に知らないので、どんな花とは断言出来ない。が、夥しい種類の色鮮やかな花弁が堰を切ったように溢れ出したのだ。気分が悪くなって「おえ」と汚い嗚咽を上げて再び肉と椿を吐く。
やがて、男の喉に花弁とは別の何かが詰まっているのを発見する。慎重に指先で掻き寄せて摘み出すと、それは一つの花──椿だった。自分が吐いた椿によく似ている。気持ち悪い。最悪だ。また苦しさが迫り上がって来る。最悪だ。
耐え切れず男の腕を掴んだ。瞬間、閉じられていた瞼がカッと見開き、ぎょろりと瞳がこちらを捉えた。
「やあ、過去の俺。久し振り。元気に花吐いて花散らしてる?」
不快感が自身の食道から喉と舌を焼いて床を汚した。紅い花が映える。今すぐ男の喉を掻き毟って割いて、東京湾に沈めたくなった。否、それよりも己を滅ぼすのが最善か?
首を捻りながら、再び喉の奥から椿が迫り上って吐き出す。まるで血の塊みたいだ。頭に浮かんだ感想に如何いう訳か笑みが溢れた。
(了)