【連作】食文化
『来ないはずの明日』→(本記事)
先生は極めて不思議な生命体だ。
見た目は十代中頃。丁度、高校生と呼ばれる年頃で、それらしくセーラー服を着こなし、その上から白衣を纏っている。白衣には赤、ピンク、青、緑、黄色、紫、黒、紺色、茶色、蛍光の水色、レモンイエロー、銀色、金色などなど、鮮やか過ぎるインクのようなペンキのような塗料が散っている。が、私は、先生がキャンパスに向かって絵を描いている姿を一度たりとも見たことが無い。彫刻を創る姿も見たことが無い。 『ミラ』の表札を掲げたアトリエに入り浸っているにも関わらず、である。
先生は恐らく、女の子だ。
何故“恐らく”と註釈的単語が付くのかというと、女の子なのに男性向けエロ雑誌だとか、エロティックな写真集とか、どエロくてエグいR20な本を熱心に読んでいるからである。私は世の中の平均的なエロい女の子(しかも女子高生)を知らないけれど、多分、先生みたいな嗜好の子は居ないんじゃ無いかなあと思ってる。
先生は極めて不思議な生命体だけれど、頭も容姿も良い。
贔屓目じゃない。白雪姫を実写化したら、こんな子だろうなあ……と思うぐらいには美人だ。一点の曇りも無く真っ白で美しい肌に、肩口で切り揃えられた傷みのない艶やかで指通りの良い漆黒の髪。何もかもを見通すような、宇宙の如く神秘的な大きい瞳。外国の血が入ったように筋が通った高い鼻。ぽってりと赤く、それでいて小振りな唇。程よく尖った頤。細い首筋。すらりと伸びて、しなやかな四肢。平均よりも高い身長。手足の先には色形の良い桜貝が控えめに張り付いている。
ある種の人形みたいな先生は、私には到底理解出来ない言語を操る。そして、絵を描いたり彫刻を創りだしたりはしないけれど、摩訶不思議で珍妙なカラクリを造ったり実験をしたりする。
そんな先生がある日、『食品復元機』を造った。
『食品復元機』とは文字通り、当該の食品を元通りに戻す機械である。
用意すべき材料は生ゴミのみ。材料を一口分だけ『食品復元機』に投入すれば、あら不思議! 材料から抜き取ったデータで、食材でも料理でも完璧に復元できるらしいのだ。
先生は実験も兼ねて復元した、ロースカツ弁当を美味しそうに頬張っている。元となったロースカツ弁当は約十五日前、私が近所の弁当屋で買ってきてあげた代物である。
「もしも世論が食品ロスを叫ばず、ゴミ処理業社が燃えるゴミの処理を無期限ボイコットしなければ、ゴミ収集業社の半分は廃業しなくて済んだし、僕も復元機なんて造らずに済んだかもしれない。でも、蓋を開ければ食品ロスは減少し、プラスチックゴミのリサイクル率も鰻登り。復元機も爆売れだから結果オーライだな」
意味が解るような解らないような発言をしつつ、満足気な笑みを浮かべて、先生は箸を動かす。パクパクと口内に食べ物を運ぶ合間にソース塗れのロースカツと白米、千切りキャベツを一口ずつ。それから沢庵を一枚だけ、タッパーに移していた。きっと何日か後、タッパーの中身を例の機械で元通りにするつもりなのだろう。
発表・発売して以降、密かに「大発明だ!」と持て囃されている『食品復元機』の欠点は、完全な生ゴミでないと稼働しないことと、液体の処理には不向きなこと。紛れ込んだ生ゴミ以外のゴミも粉末に加工されて、スパイスとして練り込まれることだ。
この欠点を、世間は知らない。少なくとも先生は公表していない。購入した人達が把握しているのかも分からない。
将来、先生の発明品が、我が国の食文化にどう影響するのだろうか。私が今食べている蕩けるほど美味しいメロンパンは、元々どんな姿だったのだろうか。
口一杯に頬張って噛み締めつつも、ちょっとだけ心配になる。
(了)
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