【連作】最愛なる、いちごジャムパン
『来ないはずの明日』→『食文化』→『リア充失敗』→『バーター』→(本記事)
私には齧り付きたくて堪らないものがある。
それは、いちごジャムパンだ。
見覚えのあるセーラー服に包まれた、いちごジャムパン。
色白の肌は絹の如くすべすべ。なのに掴むと奇跡のように、ふんわりふわふわ柔らかい生地。仄かにミルクが混じる甘いフレーバーが鼻腔と唾液腺を刺激する、ソースとジャムの中間をゆく色合いと柔らかさを保った何か──。
私はいちごジャムパンを目にすると、齧り付きたい衝動に駆られて如何しようも無くなってしまう。それこそ、理性を失いそうな勢いで如何しようも無くなってしまう。
あの柔肌に、欲望のまま思いっ切り歯を突き立てたい。前歯で生地を噛みちぎり、中に詰まったジャムっぽい何かの甘味を啜って味わいたい。そして、満足するまで咀嚼し、一思いに飲み込みたい。きっと経験したことの無い、蕩けるような舌触りだろう。喉から胃の腑まで堕ちる瞬間の快感は極楽に違いない。想像しただけで、唾液の分泌量が倍増する。脳の芯がカッと熱を孕んでぼんやりとする。
嗚呼、齧っても、良いだろうか。ほんのり甘い生地と、人生で初めて口にする極上のいちごジャムを、堪能しても良いだろうか。良いよね。だって、目の前にあるんだもの。一口ぐらい頂いたって、文句は言われまい。
私は柔い生地が潰れてしまわないよう、細心の注意を払って、慎重に慎重を期していちごジャムパンを両手で掴む。暗色のセーラー服と、生地の白のコントラストが眩しかった。そっと持ち上げて鼻先に運び、すんと一度だけ鼻を動かす──鼻腔を擽る幸せの甘い匂いが、じんわりと咥内の唾液を一層増幅させた。
唇の前へ移動させ、意を決し、大きく口を開く──。
「やめろこんちくしょう」
死角より、いちごジャムパンから強烈なパンチが飛んでくる。国民的あんぱんヒーローも吃驚の、強烈な左フックだった。まさかの一撃に、情けなくも動揺しまくってしまう。何で、如何して。ほっぺ凄く痛い。泣いてしまいそう。
ショックから、私は滲んだ涙をそのままにして、いちごジャムパンへ視線を向ける。
いちごジャムパンには、これまた見覚えのある顔が付いていた。
その顔は、絶対零度の眼差しを携えた先生の顔だった。
(了)
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