美味しいものを食べると怒りだす話
まず最初に、私(と一部の身内)の性癖について語らねばならない。
美味しいものを食べたときに、「わ~☆美味しい~♪」とかじゃなくて、極めて強い…怒りに似たような感情が沸き上がって来る。
もちろん怒りじゃない。
怒るような場面じゃないことは承知の上で、だけど、度が過ぎた美味しさに直面すると、「くっ…!いったい何を考えてこれを作ったんだ!」「ひどい…こんな美味しいものを作り上げるなんて…なんという極悪非道!」みたいな気持ちにならざるを得ない。
ものすごく辛いものを食べると、「熱い」とか「痛い」としか感じられないのと同じように、美味しさも過ぎると怒りになる(人もいる)。
だから、私が何かを食べてすごく怒っているように見えたら、ああ、すっごい美味しかったんだな…と温かく見守ってください。ちなみに妹もそうなので、姉妹で美味しいものを食べていると、阿鼻叫喚。そこにあるのはほとんど罵倒、だけど猛烈な感動と食べ物への尊敬と行き過ぎた愛情だけがそこにはある。そう見えないけど。
あと、美味しくないものを食べたときにも、もちろん猛烈に怒ります。
今から数年前、妹が赤ちゃん連れで私の家に泊まりに来たことがあった。
子供たちの寝かしつけに手間取り、ときはすでに深夜0時を回り、私たちは疲れていたし空腹だった。
ふと思い立った私が、卵・乳製品を使わないレシピで生地を作ってワッフルを焼いた。
ただでさえも深夜のおやつは悪魔的に美味しい。なのに、ワッフル。しかも焼き立て。
それを食べた妹の顔が、みるみるうちに豹変して…鳩山由紀夫みたいになった。
飛び出さんばかりに眼球を剥いて私を下から睨みつけながら、妹は低く唸りながら威嚇してきた。
「こんな…こんなシロモノ…こんなひどいシロモノには…もう出会えない!もう二度とな!!」と、地を這うような声で呪詛めいた言葉を投げつけてきた。
「ええ!?どうしたの!?顔が…顔が鳩山になってるけど!」
「鳩山にもなろうってもんだ!こんな…こんな…これは…これは何だ!」
「ワッフルです」
「ワッフル!これはひどい!だって、卵と乳製品はどうなったんだ!」
「入れてません」
「なんと邪悪な!!」
そして私たちは、気を取り直して、ワッフルの検証にかかった。
当時、妹は、乳児のアレルギー対策のために卵と乳製品をかなり厳密に避けなければならない生活をしていた。
そうなると、おやつっぽいものはほぼ完全に食べられず、「カフェ的なもの」に対する飢餓が極限状態だったのだ。
そこにこのワッフルは画期的だった。卵も乳製品も取らない上に美味しくて、最高に卑劣だ!という評価を得た。
私は、この出来事を記念して、このワッフルを「鳩山ワッフル」と名づけた。由来は、食べた人の顔が美味しさの衝撃で鳩山由紀夫になるから。ちなみに邦夫ではあの鳩山感は出ない。だから正確には「鳩山(由)ワッフル」。
その後も、鳩山ワッフルを作り続け、そのうち私はワッフル以外の焼き菓子にも手を出し始めて、どんどん作ってどんどん配ってどんどん食べた。
そんなこんなで、「鳩山亭」という屋号を勝手に名乗って友達にお菓子を配っていたんだけど、そのうち本物の鳩山さんがちょっといろんなことになってアレな感じになってきてしまったので、鳩山亭なんて言ってたらなんか政治色がついちゃうかしら?って勝手に心配してたんだけど、政治とかじゃなく、「食べたら顔が鳩山になる」っていうだけなので!(余計こわい)
いや、そんなにね、誰でもが鳩山になるわけじゃない(っていうかむしろ普通はならない)ということに、最近気づいたのだ。
しかし心意気としては、あの深夜に食べた焼き立てのワッフル、それまでニコニコしながらおしゃべりを楽しんでいた妹の豹変、飛び出さんばかりの眼球と繰り出される呪詛のような称賛、あれを目指していきたい。