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バーバーが撫でた

『推しを伝える文章術』〜三宅香帆先生の講座によせて

あったかいあったかいタオルを5回も使って、顔を大切にしてもらった。私の知らなかった、マスクの中からする塗ってもらったクリームの匂いが好ましい。2200円。つるりん。

プロの正体ってなんだったのかというと

例えば理容室。
今日、顔がムズムズしてきたような気がして、仕事帰りに理容室に立ち寄った。行きつけの整骨院の隣にあり、15年ほど前から存在を知っていたはずの理容室だった。顔がムズムズしている私の話をうんうんと聞き、都合をつけてくれた。

予想よりも少しだけ早く、マスクを外しちゃって大丈夫だよと声をかけてくれた。
酒粕のクリームをぬりっと広げて、ほっかほかのタオルを顔の上でバッテンにして、ぎゅっとやってくれる。
新しいタオルでもう一回。
拭き取って、もう一回。
しゅわしゅわのクリームをブラシにつけて顔中にくるくる。剃刀で丁寧に剃られていく。
全体通して三回ほど。眉毛も整えてくれる。
ぴりっとするので、クリームを塗ってまたタオル。
それから化粧水のミストをかけて、乳液でマッサージをしてまたタオル。ぎゅっと。
終わらない。起き上がって耳と襟足。
肩のマッサージもしてくれた。
髪もとかしてくれた。

その理容室は、最初から最後まで、全てのサービスが私をほっとする気持ちにさせた。
その過程全てが完璧だった。

ヒヤヒヤしたのは私の方だった。
1回目のはじめから、さいごのさいごまでが大事なんだと、改めて分かってしまったから。顔に手をやり力を加えてもらうのが心地良く、客として引っ掛かるところを見つけてしまうのが嫌だと思った。顔中に丁寧に何度も剃刀の刃が運べば、もしもこの先気になるところがあったなら、私という客にもう来てもらえないかもしれないと心配した。
もっとも私は指が鼻の穴に入ったり眉毛が全部無くなったりといった、そんな細かなことでシビアに評価する客じゃない。顔を剃刀でまっぷたつに切られたら痛かったり悲しくなったりするからちょっとは嫌だけれど。
私は見るからに扱いにくそうなくるんくるんの髪質である。ここへ髪を切りには来るはずないかもしれないのに、そんな客にかけてくれた。道を歩いていると所々にちゃんといる、本物のプロなんだ。

ちいさなきぼうとして

私は今の仕事に向いていない。プロなんかじゃない。取り敢えずの最小単位、一日の最初から最後までなんて100の力を注いでいるかと言われればとんでもない。もうそんな自分にも殆ど落ち込まなくなった。はじめもおわりもどちらも本気でない自分の態度を知っているから。それよりも単純に、あの古い漫画が沢山ある国道近くで車の音がぶんぶんするバーバーで、一週間いろんな表情をしてくたびれた顔中を大切にしてもらえたことに、いたく感動した一日であった。

そして、気がついた。
書く内容のプロ性も、この理容室の姿勢、と同じ。過程ぜんぶの、各文字に入魂するか否かで決める。私は。

じょ

仕事をする時間の外側で、文章を書ききることを、やっと始めた。書きはじめておわったばかり私が、偉そうにも過程について豪語してしまった。プロはきっと、その努力さえも自然にやるんだ。
かねてから尊敬してやまない三宅香帆先生の文章講座を立て続けに受講している。オンライン配信(アーカイブ付き)とは、今ならではの学び方だと思う。道民の私にとって、有難くて仕方ない。著書の全てを読んで勇気を貰い、書く一連の行動においてやっと「終える」ということができた。
同年代なんて、嘘だ。
(三宅先生、ありがとうございます!)

#推しを伝える文章術  #三宅香帆

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