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トランセンドというウマ娘がおれの人生をめちゃくちゃにしてくる
それは、あまりにも突然のことだった。
ただただ惰性でデイリーを消化し続けて早2年、アニメはRttT1話で停止ボタンを押したままで、最近発表されたウマ娘も全く把握しきれず、タイトルホルダーとイクイノックスの引退を境にリアル競馬からも距離が離れつつあった矢先だったのに。
おれは「ウマ娘 プリティーダービー」を五億年ぶりにスキップなし・ボイス有りでストーリーを読み、レースもライブも飛ばさずに全てを見届け、育成を完了し・・・その物語に打ちのめされ・・・嗚咽し、むせび泣いた。それはいったい何故か。
あのウマ娘、トランセンドが、彗星のごとくおれの目の前に現れたからだ。
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【ここから先はトランセンドのキャラストーリーと育成ストーリーのネタバレがあります】
トランセンドとは
トランセンドとはウマ娘だ。彼女との関係は、共通の趣味趣向に意気投合した友人としてスタートする。
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これまでのウマ娘はトレーナーと担当ウマ娘という上下の関係から開始するのがデフォだが、トランセンドとは初っ端から気心のしれた友人、あるいは相棒という間柄として始まる。映画の撮影見学、ガジェットの展示会、そんなサブカル感溢れる馴れ初めはほどほどに、気付けばトレーナー室に押しかけてきて砕けた口調で接してくるので面食らうが、いきなり彼女が担当ウマ娘となるわけではない。
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適当に駄弁り合い茶化し合いながら、情報屋としての顔も持つ彼女からメイクデビュー前のウマ娘のデータを提供されつつも、紆余曲折あって最終的に彼女自身を担当ウマ娘として迎え入れる・・・というのがキャラストのあらすじなのだが、担当となるまでのトランセンド(とトレーナー)の回りくどすぎる言葉の応酬は非常にヤキモキさせられるので各自確認してほしい。
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ちなみにこの時点で既にトレーナー室に入り浸るわマニアックなクラファンの話題で盛り上がるわ冷蔵庫の飲み物を勝手に飲んだりするわでやたら距離感が近い。すごい。おれはいったい何を見せられているんだ。
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少し低い声から発せられる気だるげな口調に脳がクラクラするし、ガジェット好きかつ映画マニアというギーグ&ナードな性質は親近感しかわかない。未知への好奇心に目を輝かせる様に心をわしづかみにされ、何より「気の置けない情報屋の女友達」というポジションからしてこちらの琴線をゴリゴリに掻き鳴らしてくるキャラ造形をしている。おれは大倉都子を知っていたからギリギリ耐えられたと言っても過言ではないだろう。
キャラストーリーの情報だけで九割方陥落しながら、おれはJRAシナリオで彼女の育成を開始した。だが、程なくして彼女が駆ける先が過酷な道であることを思い知ることになる。
ゾクゾクすること、ワクワクすること
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トランセンドが走る理由。それは「ゴールの向こう側にある、まだ見ぬ景色を見てゾクゾクしたい」という思いだ。軽薄そうに見えるが、いかにもトランセンドらしいとも言える。
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彼女の武器は情報だ。有益、というよりも興味のある情報のためなら西へ東へ、九州から北陸まで足を伸ばす。そんなフットワークの軽さもまた彼女の持ち味だ。最近のギーグは部屋に引き篭もってばかりではいられない。現地民と情報交換、ガジェットの提供、お土産交流、エトセトラ、エトセトラ。
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より鮮度があり、まだ誰も知らない情報のためならトレーナーも平然と巻き込む。巻き込んでくるのだが、うお・・・おれはその辺へ出かける感覚で同行をオッケーしたのに知らん間にシンカンセンに乗せられてるんだが・・・。
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そんな彼女がクラシック期の正月の書初めで掲げたのは「脱・日常」だった。来る日も来る日も同じことの繰り返し。そんな退屈な日常を過ごすよりも、絶えず新しいこと、知らないことに触れてゾクゾクしたい。それは彼女生来の性格であることは度々触れられている。
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そんな好奇心を満たすため、トレーナーとトランセンドはトレーニングの傍ら競合するウマ娘たちのデータを収集していく。シネマガンというビックリドッキリメカを携えて競争相手のウマ娘を撮影し、記録し、自分たちの勝利の勝ち札としていく。まだ見ぬ「ゴールの向こう側」を目にしてゾクゾクするために。
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しかし、そんな彼女の「非日常」は、このあと脆くも崩れ去ることになる。
その日、世界は色を失った
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シニア期3月上旬。ウマ娘世界を大震災が襲った。明言されていないが間違いなく「東日本大震災」のことだ。
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全国に情報のネットワークをもつトランセンドは各地に友人がおり、被災地となった場所もまた例外でない。復興の進捗と避難所の状況。現地とそこから遠く離れた場所との温度差。こんな状況でレースを続けていいのか。
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復興支援を行うウマ娘という前代未聞の描写を交えながら、トランセンドとトレーナーは重大な局面に立たされることとなる。
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いつもと変わらないトレーニング画面。しかしその裏で進行する物語はキャラストーリーから思い描いたものとは程遠い、重苦しい空気がどこまでも続く。
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大震災は、彼女が望んだ「非日常」が、他ならぬ「退屈な日常」の上に成立していたことを思い知らせることになった。現地の友人を心配するトランセンド。どうにかして復興支援を模索するトランセンド。ファン感謝祭で寄付を呼びかけるトランセンド。
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そこにかつてのゾクゾクを追い求める姿はなく、レースにかける熱は見る間にしぼんでいく。彼女らしさが失われていく。おれは忸怩たる思いで立ち尽くすしかなかった。
スマートファルコンという傑物
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スマートファルコン、というウマ娘がいる。
サービス直後では数少なかったダート勢で待望の逃げウマ娘として実装された経歴や、総ファン人数3兆人とかいう馬鹿げたイベントから慣れ親しまれているウマ娘だ。そんな彼女もトランセンドのシナリオでは大きく関わってくる。
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震災の傷も癒えぬ6月下旬の帝王賞。未だ暗中模索に陥っているトランセンドとは対照的に、スマートファルコンはファンへの笑顔を絶やさない。未だ気持ちの整理がつかぬまま、トランセンドはゲートへと向かう。
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こうして火蓋が切られた帝王賞だが、ここでのスマートファルコンはめちゃくちゃ強い。尋常じゃないくらい強い。現状最もステータスを盛れるUAFですらここまで上振れを引き続けてようやく互角に渡り合えるレベルであり、これを初期シナリオのURAファイナルズで打ち負かそうとするなら、サービス開始当初に話題になったハルウララ有馬記念チャレンジに匹敵する難易度になることだろう。
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これまでの固有シナリオでよくあった「レースには勝った・・・が、あの子のキラメキにはかなわない・・・」という、史実と整合を取るためのちぐはぐな軌道修正なんて一蹴するくらい完璧に仕上がっている。化け物である。
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だが、このレース後の幕間は勝ち負けを問わず一つしかない。
例えスマートファルコンを打ち負かしてもトランセンドが追い求めた景色はそこになく。
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「それが私ができるたった一つのことだから」と笑って、結果はどうであろうと、スマートファルコンは変わらずファンのために全力で走る。
スマートファルコンのその姿は眩しい。眩しすぎる。そして、思い出したことがある。あの時「野球で東北の人たちを元気にしたい」と言ったプロ野球選手がいたこと。他にも様々なスポーツ選手が同じような言葉を口にしていたことを。
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だからこそ思い知ることになる。そこまでの言葉を発せられるほど、自分たちは本気でレースに向き合っていたのか。声援を、思いを背負えるほどの覚悟があったのか。この重くのしかかる空気を跳ね除けて、舞台に立つ勇気があったのか。
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そしてトランセンドの答えは・・・ノーだった。
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「本当でふざけるなよサイゲームス」
おれは喉から声を搾り出した。故障、怪我や家柄、血統、あるいはライバルなどといった壁にぶち当たって苦悩するウマ娘シナリオは数あれど、天災が立ちはだかるストーリーなど前代未聞だ。トランセンドにああも「脱・日常」と何度も言わせておいてこの仕打ちを仕掛けるシナリオライターは相当のやり手か、もしくはゲイのサディストではないかと疑う。いや、間違いなくゲイのサディストだ。
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「片翼をもがれた気分だった」
皮肉にも画面内のトレーナーの独白がおれの心境を寸分違わず言い表した。完全に乗せられているのが分かった。当たり前だ。そんなことは重々承知している。何故ならトランセンドのことがめちゃくちゃ好きになっているからだ。好きにならないわけがない。いいだろう、ここまでトランセンドを好きにさせた上でそうくるのなら地獄の果てまで乗ってやる。
おれの人生がめちゃくちゃになるのではない。めちゃくちゃになりそうな彼女の人生をなんとかするために、結果的におれの人生がめちゃくちゃになるだけだ。
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壊されてしまった日常は元には戻らない。
退屈な日常に嫌気がさしていたあの娘も元には戻らない。
それでも前を向くしかないのだ。脚を止めないために。先へと進むために。
かけがえのない、退屈な日常
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このゲディストなトランセンド曇らせから、どうやって彼女とともにうまぴょいに至るのか。それはぜひ自分の目で見届けてほしい。
実装された3月12日というタイムリーな日程や、1月に起きたばかりの能登半島地震を含め、非常にデリケートな内容になりそうなところを逃げずに向き合い、何より「トランセンドをいかに好きになってもらうか」が非常によく練り込まれた良シナリオになっていると思う。
インターネットには「そ、そんなこと言って、どうせトランセンドも『気は合うけど異性としてはうーん・・・』とか言ってくるんでしょ?男女の友情はそういうどちらか一方の諦観の上で成り立ってるんだ!」とかいうやつもいるがはっきり言って全然違う。
「〇〇くんとお喋りするのすっごい楽しいし趣味も合うけど付き合うのはちょっと違う気がして・・・」とか「ごめんなさい、あなたと結婚して一緒に生活してるする自分が想像できないの」とかゴチャゴチャ言われてDEAD−ENDした人間にこそトランセンドを迎えてもらいたい。
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ワクドキやゾクゾクに加えて「かけがえのない、退屈な日常」を知ったトランセンドはもはや理論上最強なので、おれはもう完全にダメになった。おれから言えることはいじょうだ。
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◆ ◆ ◆ ◆ ◆
おれは競馬の歴史のことを何も知らない。あの東日本大震災の年にスマートファルコンが現役だったのも知らなかったし、トランセンドのこともウマ娘をやっていなければ一生知ることがなかっただろう。
だから、おれは生まれて初めて過去の記録映像を見ることにした。
2011年の帝王賞を。マイルチャンピオンシップ南部杯を。JBCクラシックを。
全てを置き去りにする砂のハヤブサを見た。
もつれあいながらレースを制したトランセンドを見た。
トランセンドの猛追を逃げ切ったスマートファルコンを見た。
トランセンドが東日本大震災のあった2011年のJRA賞最優秀ダートホースに選ばれていたことも知った。2011年ドバイワールドカップでめちゃくちゃカメラ目線で走っていたのを見た。二度のチャンピオンズカップで集団の先頭を走り続けていたのを見た。
それらについて今さらおれの口から言う言葉は何もない。在りし日のトランセンドの雄姿を見て抱いた感情は紛れもなくおれ自身のものだ。
そんな彼、そして彼女と引き合わせてくれた恩人に、最後にこの言葉を贈ろうと思う。
「本当でふざけるなよサイゲームス」
(終わりです)
トランセンド全冠達成しました pic.twitter.com/3ouVA5rsBx
— azitarou (@azi_tarou) March 20, 2024
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