ライディング・ホッパー:チャプター1 #5
ライディング・ホッパー 総合目次
生い茂る葉が視界を遮る前方に向けて光が走り、腕の太さほどもある枝が一瞬で切断された。巽建機製ギアに標準装備されている木材切出し用レーザーカッターだ。レギュレーションではギアに戦闘兵装を積載するのは即失格の禁止事項だが、土木作業用の名目で黙認されているのだ。
このレーザーだけに留まらず各企業はお互いを出し抜くためレギュレーションをすり抜けるような技術を隠し持っており、何食わぬ顔でアライランス合同会議に参加する。当然裏では企業スパイが暗躍する。国家が崩壊した今、各社が保有する特許情報は最重要機密となり、ものによってはデータ化もされずに地下深くのシェルター金庫に磁気テープ保存されているという噂も聞く。
そんな状況でパージを実行したのはやはり軽率だったか、とコウイチロウは思う。先刻ワタルをむべもなく抜き去り、指定コースを最速最効率で走り抜ける『国引』に追いすがる姿形も見えない。巽建機が誇る最強のギアが、その真の力を解放し挑戦者を完膚なきまでに叩きのめしたーーーレース後の会見の筋書きを考え始めた時だった。
ばしゃ、と前方の木の影からトレミーが飛び出し、そのまま目の前を横切って行った。
「何ッ!?」
バカな!やつは遥か後方で追い抜かしてからバックモニターには影すら映らなかった筈だ!
「まさか完全にコースを無視して最短距離を走っているのか…?」
事前に公開されたこの裏山のコースは異様に曲がりくねり、迷路のような様相を示している。行儀よくコース沿いを走らなければならないというルールは存在しないが、それにしてもこの生い茂った木々の合間を縫ってショートカットするのはリスクが大きすぎる。既に外装をパージした『国引』にはできない芸当だ。
冷たい汗が額をつつと伝った。
汗だと?
コウイチロウは瞬時に思考を鎮静化させた。相手は勝利をもぎ取るために常識外れな行動に出た。だが、それは苦し紛れの悪手でしかない。いずれにせよ、自分が成すべきはこのコースを最速で駆けることだけだ。勝敗はその後に考えれば良い。
コウイチロウにとってこれは人生大一番の勝負ではない。そう考えると予想外の番狂わせに出くわすこともまた一興か。
「…面白い」
冷えた頭の後に、腹から熱いものが込み上げてくる。
「では、君の邪道と私の覇道、どちらが勝負を決するか、楽しませてもらおう!」
イオン臭を辺りに焼き付けながら、空間にネオン光を残して国引が駆ける。人智の結晶を誇るようにリパルサーリフト音が森中に木霊した。