紙の動物園【書評:感想】
ケン・リュウ著 古沢嘉通訳『紙の動物園』
読みました。うーん、唸るくらい良かった。民族的バックグラウンドと受けた教育、現在の地位を利用して「書くべきもの」を書かれている、という印象の作家さんです。ジャンル的にはSFに分類されているようですが、幻想譚でありライトな恋愛ものであり、東洋思想を受け継いだアメリカ人の思想書であり、科学技術を一般にわかりやすく提示する未来カタログであり、と言った感じでしょうか。
とにかく多作な作家さんらしく、この短編集だけで全十五編の作品が掲載されています。新作もどんどん翻訳されているようなので楽しみですね。
では以下に個人的な感想を。収録作が多いので、気に入った作品の個人的メモとして書くにとどめます。
表題作『紙の動物』
これは文句なしに素晴らしかったです。中国人を母に持つ少年の焦燥や反抗心と、アメリカの文化に馴染めない母親の摩擦を描いた作品。折り紙に命を吹き込むことができる、という母親の魔法は、年を取った少年にどのように語り掛けるのでしょうか。
『結縄』
通底するアイロニー。中国の奥地に暮らす先住民のもとへやってきたト・ムはアメリカ人。先住民たちは文字を持たず、縄のむずび目を記録に使っていた。その技術でDNAに含まれるたんぱく質の変異パターンを解析できないか、と期待を抱いたトムは、先住民の中でもとりわけて縄を扱うのに長けたソエ=ボを連れてアメリカへ帰国する。
先進国に対するシニカルな評が非常にケン・リュウらしい作品。
『太平洋横断海底トンネル小史』
個人的にこの作品が一番好きです。トンネル工の男性とアメリカ人シングルマザーの交流。小刻みに提示される情報がコラージュ的な魅力を醸し出しています。古いアメリカ映画のような雰囲気。
『円弧』
メメントモリ 死体を加工してオブジェにする職に就いた女性が不老不死治療を経て死と生に向き合う過程を描いた掌編です。短いけど完成された作品。センチメンタルで、素敵。
『波』
これはスケールの大きいSF。生命が生命の枠を超えたその先まで書いてしまった。面白い。人生の輪を繰り返すことで太陽系の外や概念の外に飛び出る、というのは東洋的、かつ哲学的で非常に好ましいです。
『1ビットのエラー』
ロマンチックですね。紙の動物園の中のロマンチック大賞をあげたい。
『文字占い師』
これは「やってしまった」。少女と文字占いが得意な老齢の台湾人との交流が思わぬ結末を招く。特定のワードが出そろった時点で結末が読める感じですが、それにしてもなお重い。ケンリュウ作品には落ちが読める読めないではなく、語られることが意味を成す、純文学に近い構造。途中で結末に想像がついても、それが読後の満足感を損なうことは決してありません。
すごくいい作品ばかりですね。読んでよかったと思います。視点を切り替え、別次元からの情報をテンポよく組み合わせる中で、短いなかでも非常に密度のある完成された物語を紡ぐことが可能なのだと思いました。
以下に個人的な出来事と組み合わせて、簡単な評を書きました。夫の若かりし頃の中国での思い出を借りたので、有料ゾーンとして区切ることにしました。お時間とお財布に余裕があれば、覗いてみてください。
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