蝶の庭
今日は雨が降らない。
朝方の天気予報は夜から雨だといっていたけど、今日は雨が降らないと思う。なぜなら朝方庭先でたくさんの蝶が孵って羽根を干していたから。
低く水際に垂れた金木犀の枝先で、黄色いアゲハが静かに翅を伸ばしていた。思わず庭に出ると、同じように蝶が翅を広げて休めている。風が強かったから休憩していたのかもしれない。人が近づこうが、風にあおられようが、微動だにしない蝶を見て、まだ飛ぶ準備ができていないのかもしれない、と思った。
風が強く舞い上がるには絶好の朝だった。黒いアゲハや、繊細な縦筋が何本も走った美しい蝶、発酵するように鮮やかな水色の蝶、何種類もの蝶が庭にいた。一か月前はトンボが一斉に孵化したし、今度は蝶なのだ。
小川洋子のブラフマンの埋葬を読んだ。アライグマの話だろうと思った。
物語の終盤彼はブラフマンを石棺のところへ連れていってブラフマンの棺を見計らう。彼はあのとき娘と生物教師に鉢合ったらどうするつもりだったのだろう。私はブラフマンをけしかけて、二人を殺してしまうつもりだったのではないかと思っている。
結局雨が降らないまま夜が明けた。夜明けに起きてきた夫となにか言葉を交わしたのに、その声を思い出せない。幼稚園の頃の担任の先生の、鼻にかかった少し低い、でも甲高い声や、友達のお母さんの声、自分の家族の声は思い出せるのに、夫の声が思い出せない。笑うときに重心が後ろにあることとか、こらえきれずに噴き出すときの声がラッパを吹く様子に似ているとか、そういうことは思い出せるのに、なにかを話しているときの夫の声が思い出せない。
昔からだ。
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