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妖花

蛇女、というとメデウサを浮かぶでしょう。
美しいあまり巻き髪を蛇に変えられてしまった女の話。しかし、今から話すのは蛇のような舌をした、今でいうスプリットタンのような二つに裂かれた舌をした女のことである。

生まれつきではない。
この舌は親に切られたのである。
卑しい目つきだと、蛇のような一重に一筋のひかりも映さぬ黒目だと、長い舌で口数の少ない色白の女は惑わすと母に裁ち鋏で真っ二つに切られた五歳の冬を朧げに思い出した。滴る熱い血と痛み、母の薄笑い、この頃から何もかもかなしくなくなってしまった。薄荷の飴を挟みつつ、屋根に登った氷柱を見る。南天の実がぽつり、

今年、十六になる。
小さな村に育った一人娘は行き遅れとされていた。昔は、若くして嫁ぐものだからね。しかし彼女はあちらこちらで有名だったのだ。何故ならこの蛇の女は恐ろしく美しく生まれてしまったからである。一筋のひかりも映さぬ、どんな男も目に入れぬ。溺れる闇の黒目を覗かせ、その顔にへつらえた薄い唇を時折舐めた。

父も母も娘を嫌った。友人も居らぬ、恋人も居らぬ。それでもちっとも寂しくもなかった。
縁起の良いものとされていた蛇だが、彼女の異様な何者にも似つかぬ顔付きは何かを惑わすようなそんな恐ろしさを感じた。特に母は人並みに美人であったから嫉妬と嫌悪でつらく当たり、身にまとう布はこんな雪の日にでもくすんでよれた桜鼠の色合いの麻である。しかしその色は雪溶けの季節になるとその麻の着物が鼻先や指先の仄り赤い彼女をより一層色白の肌を際立たせるのであった。

年頃になったらすぐに身売りに出された。
借金なんてなかったろうに、愛せない親もいるのだろうと一言「産んでくれてありがとうございます」と添えて、それは浅く浅く首を垂れた。支度と言えど、本を数冊と月色と星色の簪、壊れかけた櫛を包むだけだった。そう貧乏ではない長屋を出ると、曇天で雪混じりの泥を草履で蹴りながら何故か軽やかとした気持ちだった。鮮やかな地獄へと降りていく。

「妖花」
こう、名付けられた。そう言うならそうだと思うので頷く。居場所となるのは、血飛沫を浴びたような紅色の遊郭だ。何度も何度も塗り重ねられている。一体何人の死や性の執念が染み付いているのか分からない程の禍々しい空気であった。周りを見渡せば歓楽街は色とりどりの着物や髪飾りや灯で煌びやかだが、視力が生まれつき悪い為に万華鏡の曖昧な夢心地。女が並ぶ様子を眺め、自由とは不自由の中にあるのかもしれないな、と思ったそうな。

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