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【開催報告】「語り尽くそう臨床の実際〜権力勾配の影響〜」―権力を持つ人ほど「権力・権威勾配」を自覚する必要がある― 第12回あざみのカフェ
2024年12月28日、第12回あざみのカフェをオンライン開催しました。今回のテーマは「権力勾配の影響」。「権威」「権力」と聞いてどのようなイメージを持つでしょうか。そもそも「権力勾配」という言葉が聞き慣れないかもしれません。「権威勾配」とは権威の強さを「相手との角度」で表したものです。この角度が急なほど相手に従う圧力が強く、緩まればその圧力は弱まります。
「権威勾配」という考え方が注目されたきっかけは、1977年にスペインで起こった航空機の衝突事故でした。583人が犠牲になる大惨事だったのですが、その一因として機関士が機長の間違いに気づきながらも、強く主張できなかったことがありました。機長の権威勾配が急すぎたのです。この事故を踏まえてヒューマンエラーを防止するプログラムが開発され、「権威勾配」がどうあるべきかが訓練の重要な要素になりました。やがて、この考えはビジネスにおけるマネジメント論に応用されるようになりました。
その後、「権威勾配」「権力勾配」の概念は対人援助や医療の分野に拡大し、専門家や上長が持つ権威の弊害を指摘する概念として注目されました。さらに、男女間、人種間の権威格差、マイノリティの問題との関連で社会運動の文脈で取り上げられ、暴力、DV、性暴力、ハラスメントの背景にある普遍的な問題として理解されるようになっています。この概念で見直してみると、職場はもちろんのこと、学校や家庭、グループなどさまざまな場面で、上下関係や力関係が生じていることに気づきます。
「指示」と「協働」は常に混じり合っていて、連携や協働においてまとめ役は大切だけれど、そこに権力性があると問題が生じることがあります。臨床においてもまとめ役、責任者に権力性、つまり強い権威勾配が生じると、さまざまな視点や意見が抑圧されたり、破壊されたり、無自覚に専門性を放棄して譲ってしまいます。日々、現場で働いていて、必ずしもクライエントのためではないこと(権威のこと)を考えていることはないでしょうか。また、私たちが権力側に立っていて、クライエントや他職種の主張を押し込めてしまうことだってあります。
今回のカフェは、私たちがどんな権威勾配の影響を受けているのか?私たちの判断は誰のためのものになっているのか?それは真にクライエントのためになっているのか?という問いからスタートしました。
企画:岩倉 司会:坂口
参加者:27名
当日の参加者はスタッフも含めて27名でした。心理職は医療、教育、福祉、司法、産業などさまざまな領域からの参加がありました。心理職以外にも新聞記者などさまざまな職種の方が参加し、権力勾配が臨床実践に与える影響について考える機会となりました。
まずテーマを企画した岩倉さんからの趣旨説明、続けて話題提供がありました。権力勾配が、職場や臨床現場での判断に知らず知らずのうちに影響しています。
具体的には、その判断が「誰のため」のものなのかという根本的な問いを投げかけました。特に、権力勾配の強い環境では下位の者が抵抗しづらく、その結果、クライエントに不利益が生じることがあります。一方、臨床においては、「指示」といわゆる「連携や協働」の狭間でどのようにバランスを取るかも課題です。だからこそ、権力勾配を緩めること、その視点を持つことが重要である、と話されました。
次に、池田さんからの話題提供がありました。職場での経験を基にした権力勾配についての話でした。
池田さんは、ひきこもりのクライエントの面接をしていました。上司はもっと社会生活を営んでほしいという両親の思いを受け、子担当となった池田さんにクライエントへの動機づけを求めました。池田さんは様々なアプローチを試みていましたが、クライエントには相談ニードを感じられませんでした。そこで、上司に面接の継続の再考を提案しますが、上司からクライエントの生活の見通しの必要性を説かれ、その方針に従うことになります。しかし、最終的にはクライエントから面接が辞退され、両親との交流も途絶えてしまいました。池田さんは、当事者家族と本人、池田さんと上司との間で同じ権威性の課題が起きていると気づいていました。にもかかわらず、「自分の立場を守ることに走ってしまった」ことが心残りで、クライエントの期待に応えられなかったことに罪悪感があるそうです。
池田さんの体験は、権力勾配が専門職の意思決定にどう影響するのかを具体的に示しており、参加者の共感を呼びました。
その後は、2グループに分かれてディスカッションが行われました。各グループでは、参加者が普段感じている「権力勾配」についての悩みが共有されました。特に職場やクライエントとの関係における権力の感じ方やその影響が話題に上がりました。
医師の指示に従うかどうかの判断に迷うことなど、上司や同僚との間の権力関係が行動に影響を与えることはありふれた体験でした。グループディスカッションを通じて、権力や権威の勾配が日常業務やクライエントとの関係に与えている影響と向き合う重要性が浮き彫りになりました。また、自分の権威がどのように受け止められているかを感じ取る難しさも話題になり、自分の立場からの心理的なプレッシャーの影響も考える必要がありました。つまり、受ける側としても行使する側としても権威についての自己認識を深めることが、より良い支援関係を築くための鍵になるようでした。
最後に全体ディスカッションを行いました。さまざまな権力勾配に関する意見が交わされました。話題は主に「適切な権力勾配とはどのようなものか?」でした。ここでは以下のテーマごとに内容をまとめます。
・権威・権力との関係性
・現場での実践と工夫
・権威の自覚とその調整
・権威・権力との関係性―「権力勾配はどうあるべきか?」―
私たちは自身が権威を受ける側、権威を行使する側、またはその間に挟まれる立場のいずれか(あるいはいずれも)にいます。振り返ってみると、実際に苦労しているのはその中でいかにバランスを取るかということです。そこでは適切なバランス、つまり、適切な権威勾配が意識されていると言えます。
例えば、権威が過剰すぎると軋轢が生じやすく、組織では事故が発生しやすくなる一方、権威が不十分だと意思決定が遅くなります。組織内での権威の調整が必要であり、過剰でも不足でもないバランスが大事だということです。一般的に、上司が決定を下さなければならない場面では、権威の行使は不可欠とされています。ディスカッションでも学校組織のエピソードが上がりました。管理職が権力を適切に使えないと現場に不満が蓄積しやすく、特に緊急時に管理職が適切に権威を発揮できないと対応が滞って深刻な事態になります。適切な権威勾配を持つリーダーになるには、上司としての役割だけでなく、現場の声を理解し、両者をバランスよく調整することが求められます。
さらに指摘があったのは、そもそも社会全体が権力構造の変化に直面しており、現在進行形で権威勾配に対しても新しい動きが生まれていることでした。どうあるべきかの議論以前に、そもそも対人援助に権力勾配は必要なのか?という問いです。現代では、クライエントや当事者が民主的で平等な立場で協働していくあり方(オープンダイアローグ、当事者研究など)が提唱されています。そんな中で権力勾配がどのように変化していくのかは私たちにとっての今後の課題です。
・現場での実践と工夫ー上司が持つべき態度とは?―
権威が必要とされる場面での権威の混乱や分断についても議論になりました。コロナや災害のような緊急事態では、組織のトップが柔軟な対応を取らないと現場の権威がうまく働かず、上司の指示が部下に受け入れられなくなります。上司としての立場を保ちながらも、積極的に下働きの仕事もこなすような、権威を持つ側とそうでない側の行き来ができる柔軟な態度が重要です。これは上司と部下の関係をより良くするために、上下関係を意識しつつも、親しみや協力を示すことが効果的だからです。権力の不均衡を緩和する方法の一つとして、上司が部下の意見をしっかりと受け入れてくれることで、部下が萎縮せずに自分の考えを表現できることが提案されました。
・権威の自覚とその調整―権力を持つ人ほど「権力・権威勾配」について自覚しようー
権威を持つ立場の人がその権威を自覚せずに行使することの問題についてです。無自覚な権力行使は、そのつもりがなくても、あるいはないが故に余計に発言や行動が強い影響力を持つことになります。これはハラスメントや他者との関係のズレを引き起こします。権威を持つ側が自分の立場を意識し、権力をもつほど「権力勾配」を意識することが大切になります。
また、気づかないうちに権威を持ってしまうこともあります。例えば、年齢を重ねることで無意識に権威を持つようになり、若い人や下の立場の人に対して傷つけてしまう場合もあります。
さらに、権威を持つ側が役割としての権力と、個人としての自分を分けて考えることの大切さも議論されました。役割と個人を混同すると、権威を持つ立場を無意識に利用することになります。これは極めて危険な勘違いと言えましょう。それを避けるために、仕事から離れた場面では権威を外し、立場にとらわれず柔軟に行動することが求められるでしょう。
そして最後に、そうした「権威に無自覚な権威者」とどう向き合うかが課題としてあげられました。
まだまだ語り尽くせない「権力勾配」―権力を持つ側の”孤独”と、私たち自身の無自覚な権力性―
会が終了しても話は尽きず、ラウンジタイムではたくさんの方に残っていただきました。まだまだ語りたいことがあったのです。
ラウンジタイムでは、引き続き、「メタ認知ができない上司にどうアプローチすべきか?」という話題から始まりました。権威者の中には権力勾配による「鎧を脱ぐことが怖い人々」がおり、彼らは孤独を感じているのではないかという点に言及があり、上司や権威者の孤独や心の葛藤に共感し、その理解が必要であるとの意見もありました。上司も困難な立場に立たされていることを理解し、その上で自分が困っていることを伝えることが、上司との関係性を改善する手助けになるのかもしれません。
医療現場についても話が及び、権力勾配がどのように影響するかについて議論されました。特に、専門職としての自分の立場を強調することが患者との関係にどう影響するか、そのバランスを取ることが難しいという点についてです。
また、今回の参加者たちはすでに専門職として自立しており、やはり権力を無自覚に行使しているのではないか、という指摘も出ました。これは職場の人間関係に伴う問題を超えた専門職そのものの帯びる権威性であり、クライエントや被支援者との関係における「権威勾配」についてはまだまだ考えるべき課題があるという問題提起といえるでしょう。
最後に、権力勾配によって抑圧されて動けない立場の人々にどうアプローチすべきかという課題があげられました。支援される側が自立できるようにどうサポートするかという点です。この問題の本質は、声を上げることができない、最も抑圧された人を支えること、であり、その声を届けるためにも、権力勾配とその影響を見極める視点は重要なのです。
今後も議論を続けていく必要があることを実感し、今回は終了としました。
以下に、参加者からの感想を一部抜粋します。
・「権力勾配」という言葉も知らず、とても勉強になりました。「それぞれが権威勾配」をなくすことのではなく、あると自覚すること」「人としては平等という考えを行き来できる」「ため口は親しみを表す言葉であると当時に、上下関係表す言葉でもある」「自覚がないとプライドが傷つく」など、とても学びの多い議論でした。
・権力勾配の是正は私たちひとりひとりの責任であるのだと言えます。そのために大切なのは,自己の権力や権威の自覚,そして,相手の視点からものを見ることではないでしょうか。被支援者という“下”から支援者である私たちを見たらどう見えるのか,そして,上司や医師や上位の機関など強い立場である“上”から私たちを見たらどう見えるのか。彼らは何を感じ,どのような価値観を大切にし,どのような専門性や理論から発言をしているのか。それは,“Put oneself in someone’s shoes”,他人の靴を履いてみることが,私たちに求められているのでしょう。
・勾配という言葉からなんとなくそこには一本道しかなくて、と考えてしまっていましたが、現場レベルで考えると抜け道や、舗装はされてないけど比較的平らな別の道なんかを使ってみんな上手くやっていっていることもあるんだろうなぁと思いました。ただどうしてもその一本道を通らないといけないときがあって、その時が大変なんでしょうけれど……。でもそうした勾配のある道以外の道を作っていくことで、いざというときに使えたりすることもあるのかなと思いました。あるいはその勾配を階段的にしていくとか。それこそ心理職の(?)陥りやすい板挟みや中間管理職的立場は、段差を作っていくということを考えると意外といい面もあるなぁと思ったりしました。
ご参加いただいた皆さま、ありがとうございました。
ではまた次回のあざみのカフェでお会いしましょう!
報告:坂口、野寺