BTSが教えてくれる自己肯定 「自分を愛する方法」と「幸福の循環」
一ヶ月前、私はとてつもなく落ち込んでいた。仕事がきっかけで「もう自分は何をしても駄目だ。」と一度思ってしまったらどうする事もできず、仕事でも私生活でも悪循環になり、テレビやニュースを見てはさらに落ち込み、気持ちが塞ぎ込む一方だった。そんな時、たまたま耳に入ったのがBTSの『Dynamite』だった。
この曲に出会って、一週間は丸一日この曲ばかりを聴いていた。落ち込んでいても仕事はあるし、生活はあるし、頑張らないといけないし、生きていかないといけない。落ち込んでいても「動ける元気」が欲しかった。この曲は、そんな私の気持ちにそっと寄り添ってくれているように感じて、とてつもなく癒され、実際、本当に「動ける元気」をもらったのだ。このような「音楽による癒し」はパンデミック以降にもなかったわけではないのだが、『Dynamite』のような優しいポジティブさで寄り添ってくれた曲は、私には久しぶりに感じられた。最近、少し様々な感覚が麻痺しているように感じていたから、余計だったかもしれない。
この時点では私はまだ『Dynamite』のMVを見ておらず、サブスクリプションで楽曲だけを聴いていたのだが、仕事終わりに眺めていたTwitterで目に留まった『America's Got Talent 2020』のBTSのパフォーマンスを見て、一気に心酔してしまった。
MVばりの映像と、彼等の魅力的な歌唱やダンス、メンバーそれぞれの個性的な仕草、パフォーマンス全体に漂う多幸感。何より「こんな人たちが歌っていたのか」と私ははじめてBTSのメンバーをきちんと目にして、そこからは転がるようだった。RM以外のメンバーの顔を名前を一致させるのに2日かかったが、ひたすら過去のMVやパフォーマンスを見る日々がはじまった。元々BTSの楽曲は気に入って聴いていたものの、まともにMVやパフォーマンスを見たことは無かった。彼等のパフォーマンスの素晴らしさに感動し、さらに楽曲の歌詞を改めて調べ、その歌詞の内容の暖かさや強さに涙を流してしまったりするうちに、私はみるみるBTSが好きになっていった。
BTSが伝える「LOVE MYSELF(私自身をまず愛そう)」と「SPEAK YOURSELF(自分自身のことを話して)」
私がBTSの楽曲を聴きはじめたきっかけは、リーダーのRMが2018年の国連でしたスピーチの映像を見た事だった。国連で英語のスピーチをするその堂々とした姿も見事だが、なにより内容があまりにも素晴らしく、BTSの楽曲を聴いた事がなくても彼のスピーチには心を打たれた。
(抜粋)『あなたの名前は何ですか? 何にワクワクして 何に心が高鳴るのか、あなたのストーリーを聞かせてください。あなたの声を聞きたい。あなたの信念を聞きたい。あなたが誰なのか、どこから来たのか、肌の色やジェンダー意識は関係ありません。ただ、あなたのことを話してください。話すことで、自分の名前と声を見つけてください。僕はキム・ナムジュン。 BTSのRMです。アイドルです。韓国の小さな町で生まれたアーティストです。他の人と同じように、人生でたくさんのミスをしてきました。たくさんの失敗も恐れもあるけれど、自分を力いっぱい抱きしめることで、少しずつ自分自身を愛せるようになりました。あなたの名前は何ですか?自分自身のことを話してください。』(ぜひ動画にて全文を)
それまでBTSというと、どうしても頭をよぎってしまうのが例のTシャツの件だった。しかしこのスピーチを聴いて私は「この人たちは誠実なのだろう」と感じた。あの件が「たくさんのミス」の一つであったとしても、それを精一杯反省することができる人たちなのだろうと。私は、反省をして、成長できる人を尊敬している。なので、このスピーチを聴いてRMは私の尊敬する人の1人になった。(※尚、所属事務所のビッグヒットエンターテインメントは、大韓民国の原爆被害者団体及び日本原水爆被害者団体協議会に対して公式に謝罪を表明。その後、原爆被害者団体はこの謝罪を受け入れているとのこと。)
BTSに本格的にハマって一週間程経った頃、ちょうどBTSの映画『BREAK THE SILENCE: THE MOVIE』が公開されていると知り、早速映画館に足を運んだ。たかだか一週間程度しか彼等を見ていないのに楽しめるかが不安だったのだが、結論、私はこの映画を見てとてつもない充実感に包まれ「自分を愛する」ためにできることを真剣に考えた。この映画が映していたのは、7人の韓国人青年たちの等身大の「自己肯定への過程」だったからだ。
映画は2年前の国連のスピーチ同様、メンバーの自己紹介から始まる。そして、ワールドツアーの様子を追った映像と共に各7人のメンバーの「SPEAK YOURSELF(自分自身のことを話して)」が実践される。自身について語る彼等からは、それまでの一週間で見てきた動画(アメリカの番組に出たものや彼等のバラエティ番組など)から感じていた印象とはまた違う姿が見えた。
「成功と苦悩を追うアイドルムービー」はよくあるが、本作はそういった「アイドルムービー」とは一味違う印象を受ける。7人のメンバーそれぞれが自分自身を語っていても、その半分はファンの話をしているのではないかというくらいに、ファンへの感謝の気持ちを語ったり「ファンに成長した自分を見せたい」と語るシーンが多い。また、メンバーがメンバー同士を思い合い、気遣い合い、感謝を伝えたりするシーンも印象に残る。彼等は「他者への感謝」が惜しみ無い。カッコをつけたり恥ずかしがったりするのではなく、素直で、誠実で、謙虚だ。そんな彼等を見て、私は改めて暖かい気持ちにされられた。BTSというチームは、とても誠実で暖かい。彼等には熱いファンが多いが、その理由を見た気がした。
最近よく聞く「自己肯定感」というものの必要性はわかってはいるものの、「自分を愛す」ことはあまりにも難しい。自分について考えると、ついダメな所ばかり見てしまって、落ち込んでしまう。「LOVE YOURSELF」を掲げる彼等は、おそらく沢山の苦労の後に「自分を愛する」術を会得したのだろうと、そう思っていた。しかしこの映画を見て、その認識は間違っていた事を知った。彼等もまた「自分を愛する」事について未だ模索し、勉強し、挑み続けている最中なのだ。そして、そんな自らの姿を躊躇いもなくカメラの前にさらけ出している。
映画のラスト、ワールドツアーの最終日にRMがファンに語りかけるシーンは、思い出すだけで涙が出る。『今「自分を愛しているか?」と聞かれたら、まだ良くわかりません。でも、なぜか愛せるような気がします。SNSなどを見ると完璧な姿ばかりですよね。経済的なこと、外見的なこと、ライフスタイルも。その上にはもっと完璧な人がいて、さらにその人より完璧な人がいる。自分はずっと何かが欠けている気がする。例えば僕の特徴でいうと肌が少し浅黒くて、目もこんな形で(つり上げるような動き)、声はこんな感じ…』とRMが言うと、それに対して会場全体のファンから「NO!!」といった大きな声がワッとあがるのだ。その反応を見て、彼は続ける。「それを受け入れて、皆さんのおかげで自分をもっと愛せるようになりました。それを皆さんに伝えたかったです。もう波に流されません!」この後、RMは号泣し、その後のライブの記憶が無いという。自身の書いたラップで「アイドルらしくない容姿」だと言われることについて語っていた彼が、ここまでくるのにどれだけの事を悩み、考えたのだろう。「自分を愛そう」というテーマを掲げても、実際にそこまで行き着くのにはどれだけの時間を要したのだろう。
「理想の自分」をあげると、どうしても完璧さを求めてしまう。完璧でない自分はダメな人間なんだと思ってしまう。しかし、そうではなくて。完璧でない自分も、自分くらいは愛してあげたい。彼等も「自分を愛する」ためにしている努力を、惜しげもなく見せてくれている。そんな姿をみて、私は「自分を愛する」ために何をすべきかを考えたが、その方法は既に彼等が示してくれている。
「私自身を愛そう。その方法のひとつとして、まず自分自身のことを話してみて。」と。
映画を見た後、私はふと先日読んだ大坂なおみさんの『Esquire』への特別寄稿を思い出した。「私の名前は大坂なおみです。」から始まる彼女の素晴らしい寄稿文は、自分自身を語りながらBlack Lives Matter運動への思いや「人種差別主義者ではない、だけでは不十分です。」という力強いメッセージを伝えている。注目したいのは寄稿文の出だしだ。なんでも大坂なおみさんもBTSのファンなのだそう。国連スピーチのオマージュがされているようにも思える彼女の「SPEAK YOURSELF」。BTSのメッセージが伝播しているように感じてしまう。
BTSが見せてくれる「幸福の循環」
RMは前述の映画の中でこんなことも語る。
『僕は幸せだったことを思い出す時に、辛かった記憶も一緒に付いてきます。光と影を同時に考えてしまうんです。だから何かの感想を単に「幸せでした」と言うのは自分としては釈然としません。それだけではないから。では僕に問題があるのか?いいえ。むしろ「幸せか?」という質問が問題だと思いました。それよりももう少し具体的なことを、自分に自分で問いかけてほしいです。「僕は今幸せか?」ではなく、例えば「僕は今自分を愛しているか?」』
私はこの、RMの「幸福論」がとても気に入った。「幸せ」という明確なような、よくわからないようなものに対して、こういった具体性をもって語られる事が新鮮だったし、何よりとてもわかりやすかった。
彼等のデビュー日を祝って行われる「FESTA」の2018年の動画にて、RMは「幸福とは何か?」の問いに対し『「幸福」という言葉自体が神格化されてると思う。』と語る。そして韓国人ラッパーHAONのラップから『幸福はどこにもないけど、どこにでもある』を引用した。
翌年の2019年には「最近よく感じる感情は?その理由は?」という質問に対して『“僕は幸せだ”と多く考えるようにしている。最初は無理矢理感があったけど、その考えをたくさんしようと努力してみると、だんだん自然になってきた。』と語る。
その後、映画で語った『今幸せか?ではなく、今自分を愛せているか?を自分に問いたい。』に繋がっていったのかと思うと、そのアップデートのスマートさに唸ってしまう。
「自分を愛する事=自分を幸せにすること」なのかもしれない。
さらに上記2本の動画やその他の彼等の出演する映像コンテンツを一ヶ月見続けて感じたことだが、彼等7人のメンバーはお互いに影響を与え合い「今の自分」に辿り着いているようにも見える。RMは自分達を語る際「違う考え方を持って、違う方向を見ている7人」だと表現するが、そんな7人がそれぞれに「自分と違いすぎるメンバー」に対しお互いがお互いを理解しようと努力し、さらにその相手から影響を受けて「自分らしい自分」を再発見していった、という印象を受ける。そしてそれぞれが、そんな「今の自分」をそれなりに気に入っているように見えるのだ。
あるメンバーは「男らしさ」から解放されたことにより、あるメンバーは自分の弱さを認めてそれをさらけ出す事により、あるメンバーは自信の無い自分に言い聞かせる事により、あるメンバーは「深く考える」ことを覚えた事により、あるメンバーは苦悩する周りのメンバーを見守り寄り添う事により、今の彼等に辿り着いたように見える。(…というのは私的な見解であって、他にも私の知らない様々なことがあっただろうという事は大前提として)。そして、彼等は「自分の成長には他メンバーから受けた影響が不可欠で、1人でいたらそのような変化があったのかどうかわからない。7人のうち誰が欠けていても実現しなかったようにも思う。」というようなことを述べている。そして、メンバー同士で「愛してるよ」と言いあうのだ。
彼等は「自分と異なる他者」への理解と共存の影響で、それぞれに「愛せる自分」を見つけているように見える。そしてそれをお互いに語り合い、感謝し合える事ができている。それはとてつもなく「幸福な循環」に思える。
そしてさらに私が感服してしまったのが、彼等と彼等のファン、通称「ARMY」との共鳴だ。BTSはメッセージを発するだけでなく多くの啓蒙活動や支援を多く行っている。Black Lives Matter運動への1億円の寄付、パンデミックの影響を受けるコンサートスタッフへの100万ドルの寄付、韓国の国立現代美術館に1億ウォンの寄付、社会的弱者層の児童支援へ1億ウォンの寄付などなど、あげればきりがない。BTSは自分たちが行う支援について「自分たちが貰ったものをお返ししているだけ」だと語る。そしてそれらの問題に対してファン達が理解をしようと行動し、自発的に支援活動をも行うARMYの連携が生まれている。Black Lives Matter運動の支援の際にはファンの有志が募金サイトつくり、1日も経たないうちに彼等の支援額1億円と同額の寄付金が集まったという。この理想的なポジティブさと健全さを持つファンコミュニティーの連帯は、BTSメンバーが強要などをしているわけで決してはない。彼等のメッセージを真摯に受け取り、考え、行動しようとするファンが自然発生しているに過ぎないのだ。
これらもまた、「自分と異なる他者」への理解と共存に根ざした「幸福の循環」だと感じる。BTSメンバー個人に起きたこの循環は、ファン個人へ伝播し、ファンコミュニティーを作り上げ、社会をも巻き込むとてつもなく大きな「幸福の循環」になっているのだ。
このファンコミュニティーの連帯も、BTSの魅力の一つになっている。あらゆる分断が生まれている現代で、このような「幸福の循環」に触れる事ができたことは、私自身の塞ぎ込んだ気持ちに大きな影響を与えた。
BTSから学ぶ「自分を愛する方法」
「自分を愛すること」は難しい。しかし、BTSは「自分を愛する方法」を私に見せてくれている。この一ヶ月で彼等から学んだ事を、実践してみたい。
まずは自分自身について、一度書き出してみようと思う。きっと今の自分自身を少し客観的に見ることができる。次に、周りの人々に対し感謝を伝え、誠実で、謙虚であろう。少しでも「幸せ」を感じたら「自分は幸せだな」と言ってみよう。そして様々な問題に目を向け、理解できるように日々勉強を続けよう。失敗をしても反省し、成長できるよう努力しよう。完璧でない自分を許し、完璧でない他者も受け入れよう。愛する人たちに愛を伝えよう。そんな自分になれれば、私は自分自身を愛せるようになれる気がする。
そして自分を愛せるようになれば、それはきっと「幸福」なのだろうと思う。
一度は自分を愛せるようになっても、また疑ったりもするだろう。きっと人生が続く限りその繰り返しだろうけれど、それでも最後にまた愛せるように、努力をして、そんな努力をする自分を愛してあげられたらいいと思う。そんな風に、最近は思えるようになった。
この一ヶ月間、彼等を見続けて本当に元気をもらった。「The Tonight Show」のBTS WEEKでのパフォーマンスは毎日最高だったし、オンラインコンサートも本当に楽しかったし素晴らしかった。彼等の作る音楽や歌詞にも日々新たな発見があるし、映像コンテンツは笑えるものが多くて癒される。一ヶ月前の自分と比べたら、今はすこし前向きな気持ちになれている。感謝しかない。彼等にこの感謝をお返ししたい気持ちでいっぱいだ。
彼等のパフォーマンスを生で見る事ができたらどんなに良いだろう。今はそんな日が早く来ることを祈る他ない。
そして改めて、性格も得意不得意も全く違う7人のメンバーが集まり、お互いを高め合い、メンバーシップを築き上げているBTSは本当に素晴らしいチームだと思う。きっと彼等はこれからも成長を続けるだろうし、そんな彼等をこれからも応援し続けたい。忙しい日々だとは思うけれど、どうか彼等にも幸せを感じる時間が沢山ありますように。彼等の「ARMYに会いたい」という願いが1日でも早く叶いますように。7人の韓国人青年達の健康と幸せを心から祈り、ありったけの感謝と愛を伝えたい。
보라해💜💜💜💜💜💜💜
その後の「BTS沼落ち日記」第2弾