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『恐怖の谷』~ホームズなんて足湯小説だ、なんて言ってごめん⑨~

「ホームズ」の登場人物がおりなす物語は、推理ものとしては陳腐になっても、ユーモア小説としては普遍的な魅力がある。導入からオチまで持っていく語り口の旨さもあるし、乱暴に言ってしまえばホームズ=古典落語?



※大昔ホームズを読み進めていた頃の記録メモの⑨です。
※ネタバレ注意! 以下の文には結末や犯人など重要な内容が含まれている場合があります。

冒頭の暗号問題から、つかみはバッチリ。

「踊る人形」とは違う角度の推理だから新鮮だし。
解いた瞬間、ストン!っとドラマが劇的に展開を
始めるんだからたまらない。

しかし、その前に ややや! と思ったことがある。
ほぼ発表順で読んでいる私の中では、
モリアティ教授はもう死んでいるはずなのだが、
この「恐怖の谷」の時間軸の中では、
リアルタイムでまだ活動中なのである!

まぁ、モリアティが生きてることで、
「最後の事件」へと繋がっていく物語として
実にドキっとする作品にはなっているのだが(惑

※ワトスンは「最後の事件」でモリアティのこと知ってなきゃ!

さて、暗号を解いた矢先、それと符号した惨殺事件が発覚するわけだが、
ホームズらは、背後にモリアティの影を感じつつも、
事件現場へと急ぐ。

今回の被害者は、散弾銃を至近距離からあびて
顔がグチョグチョっていうんだから
不謹慎な話だがワクワクするじゃないか!

水堀をめぐらせ、橋をおろさねば行き来できない、
ある意味、警戒厳重な昔ながらの館での殺人。
どうやって入り、どうやって逃げたのか?

窓枠の血の痕跡。部屋から無くなった片方の鉄アレイ。
死体の腕の○と▲を合わせた怪しげな焼印、
傍に落ちていた「v.v.341」という謎のメモ、
そして、抜かれた結婚指輪に、いかにも
何かを隠しているっぽい被害者夫人と
被害者友人の男性。

第一部だけでも、オカズがいっぱいあって楽しいのなんのって。
フタをあけてみると、ノーウッド系? 
と拍子抜けする分もあるかもしれないけれど、
そこにいくまでの流れはしっかり引っ張りがきいてるし、
殺された男の背景は、第2部に引き継がれ、
それがたっぷり読ませるからたまらない。
※クライマックスで驚くぞ!

オチは、探偵の話が浮上してきた時に、ひょっとして?
と予想がついたのだけれど、それでも実際わかると
「キターーー!!」と嬉しくて、スカっとして、
けれど、
裏にいる本当の敵さんは甘くなくて、ゾゾ~っときて、
「ホ、ホームズさん! あんたが頼りだ、頼みますぜ!」という気持ちになる。

ま、「最後の事件」へ流れていくのを知ってるだけに
逆にぞくぞくするラストになっておるわけですな。
いや、これを読んでから、「最後の事件」読む方がいいのか?

第2部は、恐怖の谷に巣くう暗殺団の話。
短編集で大好きだった「オレンジの種五つ」。
あっけない結末で実に惜しい作品だった。
登場する秘密組織をもっと暴ききり、
彼らとのガチンコの勝負が読みたい!と思った。

「恐怖」では、違う組織だが、暗殺団組織の実態?
が描かれているので、その意味でも興味深く読めた。

もっとも面白く読めたのは、
なんといっても、“マクマード”という
暗殺団に新入りしたタフガイの快進撃ぷり。
向こう見ずで力強く、直情径行とおもいきや、
目端もきいて、機転もきく。

このマクマードが、人殺しなんぞ、なんとも思わなくなっている
獰猛な虎やライオンのごとく荒くれた暗殺団の中を
ズカズカ入り込んでいき、昇進していくのだ!

あん、素敵よ、マクマード! ハラハラしちゃう!
とまぁ、女でなくても、その逞しい心臓に惚れちまいそうなわけだが、
はてさて、そのマクマードがどんな活躍をするか、
そして、第一部の惨殺事件とどうからむのか?
それは、読んでからのお楽しみ。

※暗殺団といっても妙に人間臭い連中だった。怖さでいったら緋色の教団が↑か。
※延原さんがアメリカなまりを訳せないといって匙をなげていた。現代翻訳者たちは?

追記:
現代の問題に根ざしつつも、娯楽としても読ませてくれた
初野晴「1/2騎士」を堪能したあと、ホームズを手に取ると、
どうしても陳腐で色あせたものに感じられた。

が、比べるステージがそもそも間違っている!

なので初心に戻り、紙芝居を楽しむ境地になって、入り直した。
⇒現代の洗練された作品とは比べずに、
純粋に読み物として、次はどうなるのかを
子供みたいにワクワクして待つ。
この楽しみ方ができないときつい。

しかし、ホームズものの登場人物達がおりなす物語は、
推理ものとしては陳腐になっても、
ユーモア小説としては普遍的な魅力がある。
導入からオチまで持っていく語り口の旨さもあるし、
乱暴に言ってしまえば、ホームズ=古典落語か?
※落語よー知らんが;

新作落語のように、現在を生きる我々の息吹こそ
盛り込んだりはしてないが、
主人公の凸凹コンビをはじめ、個性豊かな面々が登場して交錯する綾には、
昔も今も変わらない市井の人々の滑稽さが息づいているのでは?

熊さんとハチ公が、
「こりゃ驚いたね、どうしてわかったんだい?」
「なに、タネをあかせば簡単なことさね」とか、
丁々発止やりとして聞かせるホームズ落語があっても不思議じゃないし。

若手の流行芸やコントはすぐに廃れるが、
業や可笑しみすらホッコリ滲みだす、
そんな話芸の域に昇華・到達した漫才や落語には
何度聞いても廃れない、不朽の面白さがある。

ホームズがそれだ。

※追記の追記
ミステリの原点に近いホームズを読むことで
客観的視野がまた広がった気がする。

ホームズは、興味本位で
捜査に協力するかどうか決めてる。
だから、フットワークが軽い。
しかし、調べる動機が、
特異な個性に頼り切っていて、
しかも、真相は、話したいときに話す主義として
押し通している。

よくよく考えてみるまでもなく、
リアルで考えると、「こりゃ面白い事件だ」
といって歓びいさむ探偵なんか
不謹慎で不自然なわけだ。
すくなくとも現代では。

だから、ちゃんとした今の小説なら
その辺、なぜ、主人公がその事件を調べるのか?
個人的な深い事情があったり
たとえ職業上のものだったとしても
そこに別の自分なりの背景をうまくのせてきて
消化している。と思う。

今でも、推理のための殺人。
推理のためのお話、というような小説もあるにはあるが、
それは系譜上、興味本位のホームズのものの
直属の子孫ではなかろうか?

とまぁ、そんなことを考える視野を得たのである。


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うたがわきしみ
水もしたたる真っ白い豆腐がひどく焦った様子で煙草屋の角を曲がっていくのが見えた。醤油か猫にでも追いかけられているのだろう。今日はいい日になりそうだ。 ありがとうございます。貴方のサポートでなけなしの脳が新たな世界を紡いでくれることでしょう。恩に着ます。より刺激的な日々を貴方に。

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