『100万回目の溜息』
幼い頃「百万回溜息をつくと魂が抜かれちまうよ」と祖母が言った。そんな祖母は87歳で、今もぴんぴんしている。明るく強い人だから、あまり溜息をつかないのかもしれない。
迷信なのはわかっていたけれど、まだ幼かった僕にはそれがなぜだかとても恐ろしく、よせばいいのに、その日からついてしまった溜息をかかさずカウントするようになってしまった。
不思議なもので、気にすればするほど溜息の数はどんどん増え、その増えた溜息にまた落ち込み、更に溜息をつくという悪夢のような悪循環に陥った。その結果、とうとう僕は恐れていた日を迎えてしまった。あと一回でも溜息をついたら百万回になってしまうのだ。
夜もよく眠れなくなり、日中もいつ溜息が出てしまうのかが気になってもはや仕事どころではなくなった。そしてついに精も根も尽き果てかけた僕は、まるで神様に救いを求めるかのようにして祖母の家へと駆け込んだ。
挨拶もそこそこにこれまでの不安と恐怖を祖母にぶちまけ、一気呵成に話し続けた。話を聞くなり、祖母は大笑いしてこう言った。「ありゃ嘘じゃ」と。――瞬間、僕の口からほうっという長い息が漏れた。そして視界が闇に閉ざされた。
解剖医の話では、僕の突然死の死因は今もって不明らしい。
ただ、その日から祖母は一切笑わなくなり、僕のあとを追うようにしてわずか数日後に亡くなった。
水もしたたる真っ白い豆腐がひどく焦った様子で煙草屋の角を曲がっていくのが見えた。醤油か猫にでも追いかけられているのだろう。今日はいい日になりそうだ。 ありがとうございます。貴方のサポートでなけなしの脳が新たな世界を紡いでくれることでしょう。恩に着ます。より刺激的な日々を貴方に。