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タイ茶流?
立派な鯛を頂いた。
海釣りが趣味の方で、ありがたく料理させていただくことにする。
ということで、素人が捌いて調理しながら、伝説の剣豪を妄想した記録。
まずは捌く。
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鱗かきで尻尾から頭の方へと鱗をこそいでいく。彼方此方に鱗が飛び散ることよ。後は三枚に下ろすのだが、鰭がかなり尖っているので、十分に注意して頭と共に鰭を出刃包丁で切り落とす。
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魚屋でも寿司職人でもない素人が捌いたので、あまり見かけはよろしくない。これから皮を削いでいく。
それにしても鯛の骨は硬いことよ。
そこまでやったら、ようやく準備完了。
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鯛 1尾
昆布 5センチ程
柚子胡椒 お好みで
醤油 大匙2
酒 大匙1
味醂 大匙1
白摺り胡麻 たっぷり
よい鯛だから刺身で食べるのがベストかもしれませんが、所詮は素人が捌いた鯛。生で食べると宜しくないかも?手際が悪いので結構、べたべた触ったから。しかし完全に火を通すのも面白くないので、鯛茶漬けを作る。
鯛茶漬け、鯛茶、タイ茶、タイ捨ということで、タイ捨流の開祖、丸目蔵人佐を妄想しながら料理開始。
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戦国時代の肥後は大きな統一大名がなく、大友や島津という周辺の大勢力の草刈り場。そんな中でも人吉を拠点としていた相良氏は鎌倉時代に土着して以来、領地を維持。丸目蔵人佐は相良氏に仕える山本家に天文九年(1540)生誕。
父親と共に初陣で手柄を立てたことから、主君から「丸目」の姓を賜る。
その後、天草で武者修行してから都に上る。
そこで出会ったのが上泉伊勢守信綱。
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新陰流の開祖で諸国を巡り、自身の修行と新陰流の普及に努めていた信綱。
蔵人佐、若気の至りから勝負を望む。
これで勝負しようと渡されたのは、割れ竹を革袋で包んだ棒。袋竹刀と言って、現代の竹刀の原型。銅像の信綱が持っているのがそれ。木刀とか刀ではなく、これを使えば怪我の心配もあまりせずに稽古出来ることから、信綱が考案。
双方、袋竹刀を持っての三本勝負。
電光石火で信綱が二本取る。これにて勝負ありですが、最後の一本を蔵人佐が望むと、信綱は袋竹刀を捨てる。素手で十分ということ。
頭に血が上った蔵人佐が打ちかかるが、まったく敵わず、体当たりで吹き飛ばされる。
恐れ入った蔵人佐、そのまま弟子入り。必死に修行に励む。
その甲斐と天稟があったものか、みるみる上達して、剣豪将軍として名高い室町幕府十三代将軍、足利義輝の御前で信綱と共に型を披露。更に正親町天皇の御前でも披露。
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肥後に帰郷後、大口城を守っていた蔵人佐。
そこに島津勢が攻めて来る。援軍を待つべしという意見を無視して出陣。大敗を喫したばかりか、大口城を奪われるという失態。
主君、相良義陽は激怒。蔵人佐には閉門の処罰。
閉門とは昼間の出入りを禁じるということ。現代のように電気がある訳ではないので夜は真っ暗で出入りすることもほぼなかった時代。となると実質、どこにも行けない軟禁状態。この処分は18年間も続く。
個人としての強さと、兵を指揮して頭を使って戦う武将としての強さは別ということがわかる話。
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その処分の間、蔵人佐は兵法修行に専念。九州一円に名が響くようになる。
そんな所に師、信綱の弟子が訪ねてくる。
信綱が新たな太刀筋を考案したので、それを蔵人佐に伝授するように言われてきたという口上。
しかし、妙な負けず嫌いから?蔵人佐は師から直接の伝授を望むとして、上京。閉門の処置は無視?
しかし、残念ながら都に着いた時には上泉信綱は亡くなっていました。
それでも、西国で新陰流を広めることに努めて、東の柳生、西の丸目と新陰流の二大巨頭のように言われるまでに。
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丸目蔵人佐、自身の兵法をタイ捨新陰流と称していました。カタカナなのは漢字を忘れた訳ではありません。体、大、対等の様々な意味が込められています。漢字を一つに決めてしまうと意味も限定されてしまうので敢えて片仮名を使っているということ。
新陰流の道統は柳生家に引き継がれ、柳生新陰流となると、タイ捨流と称する。
柳生家に遠慮?というよりは柳生、何するものぞという自負から自身の兵法という意味合いから新陰の名を外した?
タイ捨流の演武を見ると、手裏剣を投げるような動作が入っていたり、足をかけて転ばせる技等があります。剣術というよりも総合戦闘術というべきか。スポーツと違って負ければ死ぬ戦場を想定した武術ですから。
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胡麻たれに漬けた鯛に昆布が良く合う。昆布締めという刺身の技法があるので、これは間違いない組み合わせ。茶ではなく骨から取った出汁をかけて頂く。柚子胡椒をお好みで混ぜれば、味醂醤油の甘辛に柚子胡椒の柔らかな辛み、胡麻の風味と三位一体。隙がない美味。
胡麻の抗酸化作用、鯛からタンパク質、勿論、ご飯から炭水化物と文句なし。
閉門を命じた義陽が亡くなり、相良頼房が跡目を継ぐと出仕を許されて、武将としてではなく兵法指南として仕えた蔵人佐。タイ捨流は相良家だけではなく、立花宗茂や鍋島直茂といった大名級の人物にも広がる。
隠居後は開墾や後進の指導に当たるが、巌流島の決闘後、九州に渡った宮本武蔵がタイ捨流の二刀を学びに来たという話もあるとか。
二刀流というと、武蔵の二天一流だけではなく、他流にもあったのです。
実戦でそれが使われた例として幕末、桜田門外の変で井伊家の侍がニ刀を持って襲撃してきた水戸浪士達に立ち向かったという話。
89歳という長い人生をほぼ剣一筋に生きた丸目蔵人佐を妄想しながら、タイ茶流をご馳走様でした。