過ぎた日々はとても遠くなっていくのに 未だに近いようなそんな日々を送っている そんな中で 人の死を実感すると 自分たちが過ごしている 下らない毎日の価値を痛感する この平穏な日々の積み重ねを どこまで積んでいけるのだろうって 不安になり 切なく寂しくなるよ
配信でのお手紙 ー 今日は来てくれてありがとうございます。 2年前の10月24日にVtuberとしての初配信を行いました。 最近見てくれる人も増えたので自分が配信を始めたきっかけをお話ししようと思います。 もともとネットゲームをよくしていたのですが 自分の声が好きではなかったのでいつも通話などでは聞き専をしていました。 実の親からもよく怒られていたり、学校でも馬鹿にされたり 初対面で真似をされることもあり、自分の声にコンプレックスがありました。 ネットゲームの友達がそ
やりたいことが多すぎるのに 何も出来てオラン 動画出したいな うたみたやりたいな TFTもやりたいな でもファン鯖でゲームもたくさんしたい とりあえず郵送🎁だけは一生懸命がんばろう 何かを頑張るって疲れるけど張り合いがでる 毎日、いっぱい頑張りたいね
存在の価値って何だろう 唯一無二の価値 声が可愛いって褒められると 声が可愛くなかったら?って思うし 声が可愛い人が他に居たら その人のことも好きになるの?と思う 容姿も、知性も、思考も いつかは飽きられるのかと いつも不安でいつも孤独だ みんなそうなのかな
人と深く関わることで他人に熱を帯びたり帯びられたり そして 傷ついたり傷つけたりするのがとても怖いね 人の気持ちは簡単に変わってしまうから それでも毎日変わらない色や温度で ずっといっしょがいいなって思ってしまう 居るだけで価値のある人間になりたいな にゃ~ん。
あれもこれも大切にしたいなんて思うのは 身の丈に合ってなくて傲慢なのかもしれないな
何気なく毎日過ごしていると 無意識に同じことを繰り返して なんだか思考停止している日が増えていく 小学生だった頃は6年間が永遠の様に感じられたのに 大人になると1年が一瞬で過ぎて驚いてしまう ね Vtuberを始める前の自分の話 前回うっすらとは書いたのだけれど うちの親は毒親だった 何を根拠にして言葉を発していたのか 親の思考回路は いくら振り返っても 未だに全く解せないのだけれど 何かやりたいなんて話すと やることなすこと ハナから否定し お前に出来るわけがないだろ
色々変わっていくのとても不安だけど 変わらずにいてくれるひとに支えられてる ファン鯖きてくれる?ってきいたら 聞くまでもなく もちろんだよって 安心した 感謝ばかり Vtuberやめて何もなくなっても 友達で居たい 変わらないことは難しいから 変わらない奇跡を心底愛でる
元々小さいころから 色々なものが目に付く人間だった 道を歩けば誰よりも早く野良猫を見つけたし 電柱の上のカラスに興奮したり 湖の鳥の数を急に数えはじめたり いつも歩いてるだけで楽しそうって言われた 空の変化 季節の移り変わり そういったもので頻繁に感情が振れる みんなそうなのかと思っていたけれど 見えない人には見えないものらしい とてももったいないと思った 生きていると心が動くことは無数にあって 心が動いた分だけ日々の鮮やかさは増す 例えば 小さいころからゲームが大
サイゼリヤの件はどこに行くかが重要なのではなく誰と行くかが重要なのだと感じる。全く好意のない人と行くフレンチフルコース、下らなく無味すぎるし、大好きな人と行くサイゼリヤは500円でも至福を味わえるはずだ。 そしてこれは仕事、生活、ゲーム、配信、すべての事象に言えることだ。好きな人とは何をしていても楽しい。ありふれた呼吸音すら尊いだろう。 ”サイゼリヤごときに連れていかれた”と感じた時点で大して相手のことを好きじゃないのだ。一緒に居れる幸福や人の威力と比べてしまえば中身の質
やはり人間何事も始めるときには自己紹介をしないといけないらしい だけど自己紹介なんてものが一番難しいと思う 自己を紹介するどころか自分のことなんて何一つわからないのに 人に言えるようなことなんてあるかな なんて あれこれ考えたけれど 書いては消し 書いては消し みんなそれぞれ 自分はこういう人間だ そんな自己に対しての認識があるのかな 配信上では騒いだり笑ったり底抜けに明るく見えていそうだけど 元来ダウナーな人間なので自分を紹介しろといわれても ネガティブなワードしか浮