リンゴとタンゴの夜
サンドラさんの旦那さんでタンゴダンサーのホルへさんからいただいたコンサートのお知らせの葉書をウエストポーチに入れて部屋の扉を開けると、ちょうど帰ってきたエマニュエルと鉢合わせそうになった。
「あっ、ごめんごめん」
「これから出かけるの?」
「そう、歌の先生のコンサートに」
「へぇ、いいね!でもけっこう雨降っているから傘持ってった方がいいよ。ほら、こんなに濡れちゃった」
そう言ってエマニュエルはワイドパンツを少し広げるように持ち上げた。なるほど膝から下あたりが濡れて色が変わっている。
「傘は持ってる?」
「うん、あるよ。ありがとう
たぶん帰りは遅くなるから、また明日、ね」
コンサート会場まで歩いてもよかったのだが、エマニュエルの言った通り雨が降っているのでバスに乗ることにした。
タンゴのイメージに合うからと履いていた赤と黒のチロルスカートはお気に入りだが、少しサイズが大きくて、丈も長い。裾が汚れないように雨の日には特に気をつけながら歩く。バスに乗り込んでからも、少し段を上がらなくてはいけないところは億劫だし、乗客も少ないので、段差のない四人席に座った。
あるバス停で乗り込んできた黒人のおじさんが「ここ、いい?他のとこより座りやすくってさぁ」と聞いてきた。スーパーの買い出しの帰りなのか、大きな黄色の袋を手にしている。
「ええ、もちろんです」
おじさんは向かいの席に袋を置くと、私の隣に座った。途中、バスが角を曲がるときにおじさんの黄色い袋からリンゴが転がりそうになったのを見て咄嗟に手を出したが、落ちるのを防いだのは私ではなく、おじさんの大きな手だった。
「落ちなくてよかった」という笑顔を向けると、おじさんは、君は日本人?、だいぶ前だけれど日本語を勉強したことがあるんだ、と話しはじめた。
「アフリカのRの発音が日本語と似ているんだ。「L」と「R」の中間の発音でね。」
「あ!「らりるれろ」ですね。日本語で覚えている言葉は何かありますか?」
おじさんははにかんで「はじめまして」と答えてくれた。
次いで、私のフランス語の話になる。
なぜフランス語を勉強しに来たのか、今のフランス語のレベルはどのくらいか、いつフランスに来たかなど。9月14日に来たと伝えると昨年の?と聞かれる。今年のです、と言うと「すごい!賢いんだねえ!」と驚いた様子で褒めてくれた。
話をしていたら降りる予定だったバス停を通り過ぎてしまった。だが、ちょうど次のバス停がおじさんの目的地だったらしく、一緒に下車する。
一度「Au revoir !」と挨拶したものの、予定外の場所で、道も暗く、雨が降っているのでキョロキョロしていると、おじさんに「大丈夫?どこに行くの?」と聞かれた。「Dôme de Talenceです」と答えると、途中まで一緒に来てくれることに。歩いている間、「文化はpsychologieだ」という彼の考えを力説してくれたのだが、雨が降っていて、車の通りも多く、残念なことによく聞き取れなかった。
ここをまっすぐ行って、一つ目の交差点を右に行けば着くよ、と彼は別れ際にリンゴをくれた。
さて。無事に会場に着いたはずなのだが、電気はついているものの鉄格子がおりてひっそりとしている。
間違えたかと思って葉書を見返すが、確かに「25日 Dôme de Talenceにて」と書いてある。
おっかしいなぁ、とさらに情報を得ようと市のWi-Fiに接続しようとモタモタしていると、
「おやおやおや〜?そこにいるのは誰かな〜?」と、暗いなかに灯るランタンの火のように、陽気で明るい男性の高めの声が聞こえた。ホルヘさんだ。
「あぁ〜、来てくれたんだね〜!嬉しいよ〜!会場はあっち側なんだ〜、タバコを吸いに外に出てよかったよ〜」
語尾を少し伸ばして話すホルヘさんからは、ご自宅でお目にかかった時よりもずっと朗らかな印象を受けた。それがお酒をすでに飲んでいるからなのか、もともとの気性なのかは、会うのがこれで2回目なのでわからない。だが、仲介をしてくれた早川さんがホルヘさんについてチャーミングな方だとおっしゃっていたので、きっともともとの性格なのだろう。
ホルヘさんに連れられて会場に入ると、たくさんの人がシャンパングラスを片手に立ち話をしていた。卓上にはシャンパン、ワイン、リンゴジュースに加えて果物も置いてあるうえに、スタッフの人からマカロンももらえる。
無料とは聞いていたが、これだけ豊富に用意ができるのはどういうわけなのだろうと不思議がっていると、机の側にいた女性と目が合った。
「こんばんは」
ヴァレリーさんというその方と話しはじめる。以前からサンドラさんが好きで、歌の先生としてレッスンを受けていること、大学生の時にタンゴを演奏していたこと、好きな楽団、ボルドーにもタンゴを好きな人がたくさんいるということ、違う国の言葉でも音楽を通じて文化を共有できることなどなど。
周りが賑やかでよく聞き取れないだろうことを気づかってくれて、耳元でゆっくり話をしてくれるのだが、首のあたりと腰のあたりが少しくすぐったい。私はリンゴジュースを飲んでいたのだが、「シャンパンはとってもフランス的なものよ。今じゃなくても、滞在中にぜひ飲んでみてね」と言われた。
いよいよサンドラさんのコンサートが始まるようで、スタッフの方達が椅子を並べはじめた。前の方は席がすぐに埋まったので後方に座る。
サンドラさんが一曲目に演奏したのは「Zamba para olvidarte」。驚いた。それは偶然にも私がレッスンで見てもらった曲だった。それを以前からずっと好きだったサンドラさんが歌っている。夢みたいだ。
その後は観客からのリクエストにその場で答えるというスタイルで演奏が続いていった。それを可能にしているのはレパートリーの豊富さだ。曲紹介も、その曲の背景とサンドラさん自身の体験談が織り交ぜられながら展開されていた。サンドラさんの重ねてこられた経験が演奏、コンサート全体をさらに味わい深いものにしていた。
コンサートの後はミロンガというダンスの時間が続く。
ボルドータンゴ協会(?)の幹部とみられる人たちの紹介の後、ホルヘさんが2曲ダンスを披露した。
ミロンガと言えど、タンゴではない曲も2、3曲ごとに交互に流れているし、タンゴを踊っている人も、適当に体を動かしながらフリースタイルで踊っている人もいた。一人で踊っていた人もいたが、その勇気は私にはまだなかった。
少し名残惜しいが、もう23時をまわっているので帰ることにした。曲の合間に近くにいたヴァレリーさんに挨拶をする。またね、と別れようとしたが、私の好きなCarlos di Sarli 楽団のEl chocloが流れてきたので、曲が終わるまではそのまま一緒に聴いていた。
ホルヘさんにも挨拶をすると、「サンドラには会った?」と聞かれる。「まだです」と答えるとホルヘさんはダンスホールの真ん中を踊るようにスッスッと横切ってサンドラさんのところまで連れて行ってくれた。
サンドラさんはギタリストの方たちと座って談笑していたが、私に気づくと少し慌てた様子で立ち上がって、「来てくれてありがとう!」とハグして「私の日本人の友達なの。こんなに小さい体なのに、音域がすごく広いのよ!」とギタリストの方に紹介してくれた。
帰りは雨が止んでいた。この時間は1時間に2本しかないバスもちょうど来たところで、運が良かった。