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子育ての外部化

せっかくだし、月に一度は少し遠出することにしようと、Googleマップでボルドー周辺を見ていたら、小さなお城があるとわかった。Le château de la Brède、ラ・ブレードの城。『法の精神』の著者で、三権分立の提唱者であるモンテスキューの住まいだったらしい。

Le château de la Brède
モンテスキュー

経路を調べるとボルドーから南に車で30分、自転車で1時間半弱と示されるが、公共交通機関でのアクセスは表示されない。
車は国際免許を持っていないから不可。自転車はレンタルサイクルを探せばあるかもしれないが、交通ルールをよく知らないし、危なくて使いたくない。徒歩では片道4時間半かかるのでさすがに無理だ。
でも諦めない。観光案内所で尋ねることにする。受付のおばさまは、たしかバスがあるはず、と他の同僚の人たちと3人がかりで行き方を調べてくれた。バスの路線番号が変わっていたらしく、手間取っていたものの無事に行き方が判明する。Googleマップがカバーしきれていない方法がまだまだ残っている。尋ねてみてよかった。

一人で行こうと思っていたが、前にサンドラさんのコンサートに一人で行ったことについて「友だちを誘った方がいいわよ」とイザベルに助言をもらったことを思い出した。ジャックにもジョークとはいえ「コンサートのこと教えてくれなかったじゃないかぁ」と言われたし、そういう情報共有やお誘いは基本的にするもので、言わないと閉鎖的ととらえられるのかもしれない。パオラとソフィアも誘ってみたところ、二人とも一緒に行くことになった。

土曜日はバスの本数が少なく、一日に4本しかない。そのうちの2本は夜18時と23時ごろで選択肢外。昼13:10の便でも行けないことはないが慌ただしくなってしまうので、少し早いが朝8:10発のバスに乗ることにした。
乗り遅れたらすべてがおじゃんになるので早めにバスの出発地に着く。そこで二人を待っていたが、出発5分前になってもなかなか来ない。まだ日が出ておらず、暗く静かなロータリーで、雨が降っていて寒いのもあいまってソワソワしていたが、2分前になって「あ〜!よかった、間に合った!」という2人の明るい声が聞こえた。Bonjour !つられて私も声が高くなる。

バスで約1時間。La Brède は小さな街で、街の中心にはアパートもあるが、敷地の広大な一軒家が多い。もはや門の意味があまりないし、簡単に突破できそうな柵と紐でも一応囲ってあるのが滑稽に思えてくる。

La Brèdeで見かけた家

時間はたっぷりあるので、図書館や街の教会を訪ねてみる。図書館では私が探し求めていた本、Barbaraの自伝を発見した。教会に入ろうとしたとき、おじいさんに呼び止められたので、入れないのかと思ったが、注意喚起ではなく、むしろ「ブレードにようこそ」という歓迎の言葉をもらった。その後、散歩中もソフィアがバナナを食べた皮をどこに捨てたらいいかと庭の手入れをしている女性に聞いたら「捨てておくわ」と引き取ってくれた。あたたかい人たちだった。

La Brèdeの中心地にあった教会
教会内部
街のパン屋さん
菓子パン(viennoiserie)

街のパン屋でお昼ご飯を食べていると、スマートフォンを見ていたパオラの顔が曇った。ベビーシッターをしている家庭の母親からメッセージが届いたらしい。彼女が見せてくれた文面には「あなたはよくやってくれています」と申し訳程度に書いてはいるものの、「洗濯物で畳み方の悪いものがありました」云々と細々とした不備を指摘する文がいくつも列挙されており、休日のお出かけ気分を損ねるものだった。

パオラやソフィアたちau-pairのシステムを利用している女性たちは、滞在する住居(アパートの一室)を与えられ、火曜と木曜は学校に通うかわりに、それ以外は子どもたちの食事を作ったり、学校に送り迎えをしたり、寝かしつけたりと、子どもの世話をすることになっている。フランスでは水曜日は学校が休みだからか、親たちがベビーシッターを個人で雇う事はわりと浸透しているらしい。私もジャックのコンサートに行ったときに水曜日の午前中にベビーシッターをやってくれないかと打診され、興味はあったが、授業と被ってしまうので断った。その時も、学生で知り合いの知り合いとはいえ、よく初対面の人に子どもを預けようと思えるな、心配じゃないのかな、と驚いた。

学生は費用を抑えて滞在できるし、親もそれで助かるし、相互にメリットがあるからいいのだろうけど、子どものために人1人を住まわせるアパートを持っているという裕福な雇い主の親と、途上国から来ている若い女性という対照を目の当たりにし、いよいよ子どもの世話も外部委託されるようになったのだなぁと驚き、憂いもする。
女性たちは子育てを試しに経験できるし、子どもも親以外の異なる文化圏の人と知り合いになるのは良いことだと思うが、子育てが学生のアルバイトとして扱われ、安い賃金で行われる簡単な仕事だと見なされることには抵抗がある。それは女性たちがこれまで負ってきた家事労働がより貧しい女性たちに転嫁されるだけで、問題は別の形で再生産されることになる。

また、子どもはその家庭だけで育てるべきだとは思わないし、おおいに他人の手を借りたら良いとも思うが、子育てを賃金労働として外部化することには反発を覚える。やはり親には自身が中心となってその子を育てる責任があると思うし、お金を払えば他人に丸投げして良いものだとも思えない。要求の多い家庭ならなおさら、自分でやってみなさいよ、と言いたくもなるだろう。もし、他人に任せておいて「育て方が悪い」とか「うまく育たなかった」とか言い出したら最悪だなと思う。誰も幸せにならない。

Le château de la Brèdeの子ども部屋

Le château de la Brèdeのガイドで「この時代は両親と子どもたちは別々の部屋で暮らしていました。子どもは小さくても一緒に寝ることもありませんでした。」と聞いた時、ソフィアが「二段ベットだと子どもたちを寝かしつけるのが大変なの。一つのベッドだったらいっぺんに済むけど、二段だと片方が終わったら移動してもう片方を寝かしつけなきゃいけないから…」と言っていたのを思い出し、もしこのまま子育ての外部化が進んだら、乳母に子育てをさせていた時代に回帰するようだなと思った。それでモンテスキューのような立派な人物が育つなら良いが、どうだろう。乳母、ベビーシッターが低賃金のリスペクトされない職業とみなされたら、それは難しくなるだろう。

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