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橋の向こう側

ボルドーはガロンヌ川を挟んで左岸と右岸の2つにわかれている。

ボルドーの中心部

学校やホストファミリーの家、街の中心地はすべて左側にあり、右側に行くことはない。

ところが昨夜、橋の向こう側へ行く機会を得た。「DARWIN」という、ダンスをしたり飲んだりするところに行くらしい。私は一人だったらまず行こうとも思わないが、スザンナが誘ってくれた。

スザンナが誘ってくれたのは一昨日の夜で、昨日の朝は疲れて断わろうとも思っていた。だが、それを伝える前に「行くよね!?」と言われて、今後こういう機会がまたあるとも限らないし、川の向こう岸を見にてみたいという好奇心に背中を押されて、「うん、行くよ」と返事をした。スザンナに加え、ケイトやクローディアも来ると言う。彼女たちと過ごせる時間もあまり残されていない。

20:30にOfice de Tourisme前で、という約束の通りに行くと、昼頃から降り出した雨の下、クローディアが傘もささずに一人で立っている。聞けば、ケイトはもうすでに会場に着いていて、スザンナは遅れると連絡があったそうだ。

スザンナは、土曜日に劇場に行った時も、火曜日に映画に行った時も10分くらい遅れて来たので、今回も少し待ってれば来るだろうと二人で待っていたが、待ち合わせの時間から30分を過ぎた21:00をまわっても、来ない。先に行こうにも、クローディアも私も会場の場所を知らないから、スザンナを待ち続けることにした。

結局、スザンナが来たのは21:30近くだった。聞くと、借りているアパートのエアコンから水滴が滴り落ちてきて、オーナーと電話でやりとりをしていたらしい。そのことをスザンナはクローディアにメールをしていたのだが、クローディアはたくさんのメッセージが送られてきていたなかでそれを見落としていた。
スザンナのアパートはとりあえず大丈夫ということになったと言う。よかった。2人の「ごめんね」の応酬が終わったところで、ともかくも出発した。

会場に向かうトラムの中で、今週からクラスメイトになったソフィーと合流した。だが、雨だからかトラムがなかなか進まない。ようやく橋を渡り、最寄りだという停車場に着いたところで、そこからさらに17分歩くような距離に会場があるとはじめて知った。この時点で、スザンナを2人で待っている時から、「疲れていて、スザンナがあと5分来なかったら帰ることにするよ。」と言っていたクローディアは帰ることになった。

雨の中歩くか、バスを待つか、どうしようかと迷っていると、スザンナのボルドーの友達が車で迎えに来てくれた。私はフランスで車に乗るのはこれが初めてだった。
外国で、初めて会う人の車に乗せられている。スザンナの友達とはいえ、スザンナと彼は知り合ってまだ一、二週間も経っていないと言うし、どこに連れていかれるかも、はっきりわかっていない。よく考えたらなかなかスリリングだ。

会話はそこそこに、木と街灯と、見てもたいして面白くはない建物を車の窓から眺めるでもないまま通り過ぎていく。車に乗って10分弱、角を曲がると、それまでの暗くひっそりしていたのとは対照的に、ライトが明るく照らす場所に着いた。照明の向こうから、脈打つように低音が響く音楽とともにライブ会場のような雰囲気が漂ってくる。
車降りたところで、待っていてくれたケイトと会う。
そこは野外クラブのようなところだった。てっきり室内で行われるものだと思っていた私はキョロキョロしながら皆のあとをついていった。

入り口
奥がダンスの会場

屋内に入るとドリンクのカウンターや、ボードゲーム、タトゥーを彫る簡易的なスタジオがある。日本では、タトゥーは暴力団のシンボルだと思われていることについて話す。今は少しずつその認識も変わりつつあるけれど、公衆浴場などでは「タトゥーのある人はお断り」と書かれているところもあり、少なくともネガティブな印象をもたれることになるだろうと話すと、「何で?」とびっくりされた。

屋内。タトゥーを掘っているところ。

外では皆、飲み物やタバコを片手に、音楽に合わせて身体を揺らしている。文字を介さずに他人と繋がるコミュニケーション。音楽と言ったがメロディは無く、ドンツクドンツクと身体を直接鳴らしにくる音だ。最近のポップスもこういうリズム優位の曲が多いように思う。それはスマートフォンやパソコンに向かってばかりで忘れがちになっている身体性を、叩き起こすような機能を果たしているからだろうか。
だが、身体を殴るような低音に、私は逆に身を強張らせていた。場違いだと思った。私にとっては身体性を取り戻すのには、メロディアスな音楽の方が良いとはっきり自覚した。

屋外のダンス会場

夜も遅く、終電も迫ってきたので帰ることに。Googleマップで示された経路は17分歩いてトラムに乗り、バスに乗り換えるというもの。
「大丈夫だと思うけど、家に着いたら連絡してね」とケイトが親切にもメールと電話番号を教えてくれた。

だが、ここからが長かった。
逆方向のトラムに乗ってしまい、戻るのに10分。今度は方向を間違えなかったが、その夜に限ってトラムが橋を渡らず折り返し運転になっていたことを知らず、トラムの車内で待っていたらまた逆方向へ進み始めた。「なんでだ…」とまた橋を渡る前の駅まで戻り、ようやくそこでトラムでは橋を渡ることができないと知り、帰りは雨の中を1時間半弱、家まで歩くことに。

ピエール橋 Pont de Pierre
帰り道
1:00を過ぎると街灯も消えて真っ暗になる。

突然変わる天気、冷たい雨、機能しない交通、暗い道。ボルドーの洗礼を受けた気分だった。黙っていると心細くなりそうで、何も考えなくてすむように歌を口ずさみながら帰る。

家に着いたのは午前1:10。スマートフォンがwifiに接続されると、ケイトからメッセージが届いていたので、すぐに返信する。
歩いて帰ることになることも予想してはいたが、なかなか疲れた。夜にクラブのようなところに行くというのはこれが初めてで、それを知ることができて良かったけれど、おそらく最初で最後になるだろう。

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