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幸徳秋水『死刑の前』 四度 糸屋寿雄著『幸徳秋水研究』より
というわけで。
その「わけ」というのはこちら。
などとリンクしたものの、その記事を読んでも「わけ」などわからない。
幸徳秋水の『死刑の前』というのは五章から成り立っている。だが、青空文庫には一章しか記載されていない。残りの二章〜五章はいずくへ?
「ない」となると余計に読みたくなるというのが人情というものである(そうか?)。残りの二章〜五章も是非読みたい。そうして二章〜五章を探し求める旅が始まった。などと大仰に言ったところで、情報化社会の現代である。何日もかけることなくあっさり見つかった。結論から言うと…………。
『死刑の前』は未完であった。
二章〜五章は存在さえしなかったのである。残念極まりない。存在しなかったことは残念ではあるが、二章〜五章はどこにあるのかという疑問そのものは解決した。では、旅はこれで終わりかというと、終わらない。『死刑の前』はもう一つ知りたいことがある。
『死刑の前』は真に秋水の筆によるものか
1945年8月。敗戦をむかえた日本は、多くの公文書を焼き捨てた。その焼かれようとしている中に「幸徳秋水」の名を見つけて「これは売れるかもしれん」との、邪なと言われても仕方がないような理由から持ち帰った者がいる。というような話をどこかで読んだような読まなかったような。それが事実であるとするならば、文字通り間一髪のところで救い出されたわけであるが、一方でいささか胡散臭い逸話でもある。ならばその真相を知りたいと思うのが人情というものだろう(そうか?)。
などと偉そうに書いたが、ようするに「偽書の可能性は?」なるコメントをいただいたことがきっかけなわけである。は、は、は。
きっかけが何であったにしても、こういうことは気になりだすとどうにも止まらなくなるのが私の性格である。
前回の「三度」では、1950年出版の『世界評論』なる雑誌に、秋水の自筆原稿らしきものが写っていた。原稿と覚しきものがあったようなのである。それはどこから出でたのか。どのような代物なのか。秋水の筆蹟であるのか。俄に興味をかきたてられる。
さて、再び国立国会図書館デジタルコレクションである。『幸徳秋水研究』なるものがあった。
糸屋寿雄 著『幸徳秋水研究』,青木書店,1967. 国立国会図書館デジタルコレクション https://dl.ndl.go.jp/pid/2978935 (参照 2024-12-06)
![](https://assets.st-note.com/img/1733479678-nsyKCJt39Hz80RlZb4TdgOi5.png?width=1200)
「165コマ」をタップする。
と。
お?
![](https://assets.st-note.com/img/1733479800-XDCSGqLPi7bf1UQHhpIAekan.png?width=1200)
糸屋寿雄『幸徳秋水研究』165コマ
なんと!
検索文字列の箇所がポイントされている!
どうやってるんやろ。
これ、画像よね。文字列データではなくって。
そんなこと可能?
と、妙なことまで気になる。
それはともかく。
ここにはこのようにある。
日本紙の原稿用紙(四百字詰)二八枚とじに、毛筆で墨書した「死刑の前」は、著名はないが、文章と筆蹟から見て、明らかに秋水の絶筆と神崎清は断定している(1)。
著名がない…………。
こんな肝心なところで…………なんで…………orz。
この時代、著名は先にするのか後にするのか。
未完なのでやむなし、か。
いや、そもそも「幸徳秋水の名を見て持ち帰った」という逸話はどうなる。著名がなければどうにもならん。あるいは原稿を入れた封筒の表書きに幸徳秋水の名前でもあったのか。謎。
もう一つ、紙の質の問題もあるか。
科学分析すればいつ頃の紙なのか特定できまいか。
日本紙というのは和紙のことか。
明治は確か安い洋紙が入ってきていたころと聞いたことがある。洋紙の紙質はあまりよくなくて、漱石文庫の保存にも苦慮しているようなことだった。とは言え、もちろん日本紙も使ったろうし、日本紙を使っているというだけで何かを判断するのは難しそうではある。
更にはまた墨書とあるが、毛筆の筆蹟鑑定は容易なのだろうか。というか、本書の扉に秋水が母に宛てて書いた手紙の直筆が写真掲載されているのだが、これがまた、実に読みにくい。いや、もう、どう転んでもまともに読めない。そう言えば、師岡千代子氏もどなたかの原稿の清書を頼まれたがなかなか大変であったというようなことを書いておられたが、筆で急ぎで書こうものなら、なかなかすごいことになるようである。書き損じた箇所は塗りつぶしてあったりもして、さながら校正された文筆家の原稿用紙のようだ。
![](https://assets.st-note.com/img/1733482367-jO3vYTr2GhfsRuW8KLzNgqV6.png)
この部分などは末尾の著名かと思われるのであるが、私にはどうしても「幸徳秋水」には読めない。それとも母に宛てたから傳次郎(伝次郎)と書いたのか。いや、もう、どちらにしたって読めん! だが一方で、これだけくずした(失礼!)字であれば特徴が出やすいとも言えるか。
そしてもう一つ。
神崎清は断定している
『死刑の前』は、どうにもこの方を避けては通れないようだ。神崎清『大逆事件記録』がまだ読めないんだが、なんと書いてあるのだろう。『死刑の前』の原稿についても云々しているのだろうか。