なぜ今、noteを始めたのか
長年全く自己発信できなかった私
私は今まで全く長文のブログを書かなかった、いや書けなかった。NYに移住した際に、デザイナーとしてブログ等でいわゆるNYライフ的な物を発信した方がいい!とは周りからも言われたし、自分でも思っていた。でも結局7年間、できなかった。インスタや一応存在しているだけのHPのブログには、作品の写真と仕事の紹介、最低限の情報のみを載せ、スローペースでなんとか続けている。自分の思想やプライベートな事は一切載せていない。
元々自分の事を発信する事が苦手なのだ。単純にめんどくさがりやというのもあるが、これ書いたらどう思われるかなーとかこれはいまいちだなーとか色々他人の評価を気にしすぎて考えすぎて、発信する事を全く愉しめないのだ。完璧主義の良く無い所だ。ブログやsnsでプライベートやライフスタイル、自分の考え等をうまく発信できる人を見ては、羨ましく思い、自分と比べて落ち込んだりしていた。(今も)
そんな私がなぜこのタイミングで始めたのか。
本帰国を前に慌てて発信開始
ついに今年2021年、本帰国が決まった。NYにきて約7年と少し。
いざ帰るとなると寂しく、名残惜しい。失う事が分かると、急に惜しくなる。人間の性だ。
そして今までの思い出、苦労、過ごして感じた事、考えた事、悩んだ事、楽しかった事、当たり前の風景も。このNYでの経験全てがすごく貴重な物に思えて来た。
今は覚えていても、5年後には忘れてしまうかもしれない。
人生の30代という貴重な時間。その経験を残しておきたい、もしかしたらNYに住みたい人や興味がある人、ものづくりをしたい人、そんな誰かの役に立つかも。
そして、何より子どもが大きくなった時に読みかえしたら、あなたが小さい時はこんな思いでこんな所に住んでこんな事をしていたんだよ、と30代の母親の背中を少しでも見せれると思った。
まあ要は、ほんとにケツに火がつかないとやらない人間なのだ。
書く事で脳内&メンタルデトックス
少しnoteに記事を書いてみて気づいた事がある。
今まで毎日ぐるぐる考えている思想を吐き出す場が無く、ただただヘドロのように脳みそにたまっていた思想のゴミ。それを少しずつ吐き出す感じ。
考えてみれば友達とも家族とも、改まってそんなに自分の考えを深く話す機会はあまりない。特にNYに来てからは友達とも離れ、人と会話をする機会が減った。どんどん思想が(特にマイナスの)浮かんではたまり浮かんではたまり。毎日グルグルぐるぐる同じ様な事を考えている。
それをいい加減吐き出したかった。アウトプットしたかった。NYに来て7年。いや、もっと長い20年以上分くらいの自分の溜まりにたまった考えをとりあえず吐き出したい。そう思ったのだ。
実際、下書き状態でも記事に書き出す事で、頭と心は少しづつすっきりして来る
自己否定を辞め、自分の殻を破る
NYで過ごした7年ほど、我ながら一人でモノづくりの孤独感と良く戦い、作品も残し、たくさんのスタイリストとも仕事をしてきた。そこは自負している。
しかし自己発信ができていない。フリーで活動する以上、絶対に書かせない自己アピール。せっかくNYにいるのに。。もっと発信できる事があるはず。でも自分自身に言い訳を繰り返すだけで、大して発信出来ない。そんな自分を責め続けていた。
そんな自分に見切りをつけるため。いい加減殻を破りたい。変わりたい。うじうじ気にする自分にサラバしたい。
自分が変わるため。そして子どもの将来のため。そしてもしかしたら、私の人生の経験やスキルが誰かの役に立つかもしれないという淡い期待とともに、このnoteを続けようと思う。
noteで書きたい事
・撮影やヘッドピース創作の裏側。メイキング等
・NYでの経験談。ヘッドピースデザイナーとして、モノづくりの苦楽
・私なりのデザインのコツやヒント
・DIYヘッドドレス、アクセサリーの作り方
・NYで見つけた素敵な場所や物、アート等
・旅の記録
こんな感じで今のところ考えているが、いかんせんブログを書く事に慣れず、時間がかかると思うので気長にお付き合い下さい^^;。