愛されるということ
人に好かれるということは、嫌われるより幾分ましなことのように思われるが
人に好かれるということは、時に嫌われるのと同じくらい恐ろしい
人に好かれるということは、なにか不都合があればすぐさま忌み嫌われ
また、忘れ去られるやも知れぬということである
ならば初めから嫌ってくれたほうが、あとになって失望の眼差しを向けられるよりも気が楽ではないかという話になるが
なにせ人というものは、人に好かれるということを以て一時の安心と心地よさを得ようとするものであるから
それが同時に心のざわめきを齎そうと、いずれ水泡の如く消滅しようと
やはり初めから背を向けられるのは淋しいが故、好かれたい好かれようと虚像ばかりが大きくなってゆくのである
然し人に愛されるということは、醜ささえも美しく
また、刹那さえも永遠になるということである
虚像は大きくなったり小さくなったりするものだが、実像はいつも変わらぬ姿であるように
好き嫌いは軽率に使い捨てられる感情であるが、愛は死してなお粘り強く強烈に居続けるように
人に愛されるということは、他のなによりも遥かに素晴らしいことと思われるが
人に愛されるということは、ともすれば最も恐ろしいことである
なにせ真の愛というものは、一方通行ではあり得ないものであるから
人生を預け、また命を預かる契りとなり
たとえ世界を滅ぼそうと、他のすべてを敵に回そうと
その重く固い契りを破らず、互いを守り抜こうとするのである
人に好かれるということは、何千回と経験しそのうち何百回と裏切られるやも知れぬが
人に愛されるということは、一生で一度あるかないかという奇蹟に等しいことである
人に好かれるということは、不断の努力を要することである
そしてその努力というものは、大変な疲労を伴うものである
何故ならば、いつ見捨てられるかという拭いきれぬ不安と中身のない上辺だけの着飾りに対する嫌悪
その中で持って生まれた核を噛み殺し、まるで初めから何もなかったかのように破壊してゆく哀しみを常に抱いて眠れぬ夜を過ごさなければならぬからである
人に愛されるということは、疲弊した心に栄養を与え荒廃した地に恵みを与えることである
人に愛されたいということは、独りで泣く淋しさを真の愛を知らない所為にして
人に愛されさえすれば、地獄から解放される気がするということである
然し真の愛というものは、求めれば降ってくる魔法の粉でも苦難にあえぐ人を救済する奇蹟でもないのである
人に愛されるということは、先ず人を愛すということである
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?