![見出し画像](https://assets.st-note.com/production/uploads/images/165809496/rectangle_large_type_2_48f3aa9949610fda19d40bd79b4f84b5.png?width=1200)
発達障害的、言葉通りに受け取ってしまう。
~母として当事者として #発達障害 目線での徒然を書いています。発達障害らしさを感じ取って頂けたら嬉しいです。~
子どもの頃から、ひとに言われた言葉をそのまんまに受け取ってきたと思います。
冗談が通じない方、ではないと思っていたのですが・・・(私をリアルで知っているひとたちに「は?」と思われてそう。特にかんちゃん(笑))
子どもの頃を思い返してみると、やはりひとの言葉をそのまんま素直に受け取ってしまっていたなと、今なら分かります。
「がんばりましょう」
「~してはいけません」
「~しなさい」
そんな言葉を真に受けて、その言葉通りに必死になっていました。
「がんばりましょう」と言われたから、全力で頑張る。
「~してはいけない」と言われたから、しない。
「~しなさい」と言われたから、必死でする。
例えば、体育の授業。
私は、今思えばですけど、発達性協調運動障害の典型的な子どもだったので、能力的にできないことが多くありました。
「頑張れ」と言われるから必死に頑張る。
でも、できない。
「ふざけてないで、ちゃんとやれ」と言われる。
まだ頑張り足りないのかと思って、必死になる。
でも、できない。
「やる気ないのか」と言われる。
そんな場面が多かったです。
先生からの「1日〇時間勉強しなさい」などの指示も、そうしなければならないかと思って、素直に頑張ってきました。
そうすると、同級生からは「イイコぶっている優等生」みたいな言われ方をします。
やれって言われたことをやっていただけなのに、意味がわかりませんでした。
社会に出てからも、こういうことは起こりました。
「こういう方針でやる」と言われて、それを念頭に必死に働いていたら、いつの間にか方針が変わっていて、非難されたり。
上司の「お金がない」を信じて、お金を使わないように努力したり、長時間の残業をずっとサービス労働してみたり。
そんな私を「真面目に頑張る」と捉えてくれるひとたちに出会えると、好意的な評価を頂けるのですが、世の中そういうひとばかりでもないんですよね。むしろ、そうじゃないひとの方が多いのかも?(こういう時、空気を読めないのは必然なのかもと思ったりもします)
私が「真面目に見える」としたら、それは実は全然違っていて、ただ単に「言葉通り受け取ってしまう」というだけなのだと思います。だって、本来の私は怠け者でめんどくさがりだから(笑)
最近は、誰かの言葉を真に受けて「どうしよう」と不安になっていると、私の発達障害を知っていて「それは心配しなくてもいいよ」と教えてくれるひともいて、とてもありがたいです。
以上、発達障害~母ごころ当事者ごころのあゆでした(*'ω'*)
今日も最後まで読んでくださってありがとうございました。感謝しています。
だんだんよくなる!未来は明るい!
いいなと思ったら応援しよう!
![あゆ@発達障害的note毎日更新中](https://assets.st-note.com/production/uploads/images/95255203/profile_0f5991dc92cf212f7657bb76b4520f41.png?width=600&crop=1:1,smart)