アートを「解像度高く」楽しむために、私が10年かけて学んだこと
アートの前に立つと、私たちはそれぞれの感じ方で、静かに作品と向き合っているように思います。
美術館で足を止めて、絵や彫刻に引き込まれ、その瞬間に感じたものをただそのまま受け取る。
それもまた、ひとつの楽しみ方です。そこには「正解」も「間違い」もありません。
でも、作品の奥深さや細かな魅力をもっと「解像度高く」楽しむには、アートに関する知識や新しい視点が必要だと感じています。
アートにまつわる歴史や文化、技術、そして業界のことまで、学ぶ内容も多岐にわたり、その入り口も人それぞれです。
今回は、私がアートに興味を持ち始めてからの10年を振り返りながら、どのようにしてアートを深く楽しめるようになったのか、その歩みをお話ししてみたいと思います。
私の経験が、アートをもっと楽しみたい方へのヒントになれば幸いです。
初めてのアート体験 ― 自らの手で「描く」ことを通して
私がアートに本格的に興味を持ち始めたのは、社会人になってからです。
子どもの頃から美術館に行くことは好きで、映画やそれにまつわる美術関連の本を読むことも好きだったものの、「自分で絵を描く」という発想はありませんでした。
そんなある日、名古屋に住んでいた時にふと「自分でもキャンバスに絵を描いてみたい」と思い立ち、軽い気持ちで絵画教室に通い始めたのです。
そこは駅から少し汗ばむ距離を歩いた先にある、古いマンションの一室でした。通うたびにどこか非日常に入り込むようなワクワク感がありました。
教室の先生は現役アーティストで、技術を細かく教えるというよりも、「まずは絵を楽しむこと」に重きを置く方。
油絵の具の使い方やキャンバスの知識など、基礎的なことを少しずつ覚えながら、自分の感覚に従って自由に表現することの楽しさを教えてくれました。
この小さなアトリエで絵を描く時間は、私にとってとても新鮮で、心が癒される貴重なひととき。
日々の仕事で疲れた体と心も、この場所で絵に向かい合うことでリセットされるような感覚がありました。
しかし、数ヶ月後、仕事の都合で東京への転勤が決まり、教室を離れることに。
名残惜しさを感じつつも、この経験が私の中で絵画への興味を一層強め、もっとアートに向き合いたいという気持ちを抱かせるきっかけとなったのです。
東京での新たな学び ― 現代アートと美術史に触れる
東京に引っ越してから、再び絵を学びたいと思い、すぐに絵画教室を探し始めました。
単に「絵を上手に描く」ためではなく、もっと深くアートを鑑賞し、知識を広げていけるような場所を探していたところ、目黒にある「ルカノーズ」という絵画教室に出会いました。
この教室は現代アートが学べることが特徴で、美術史に沿ったカリキュラムを通して技術と知識の両方を身につけられるというもの。
教室の先生は現役のアーティストで、まさにアートオタクと言ってもいいほど、私たち生徒にいつも楽しそうにアートの話をしてくれました。
そこは、教室全体がアットホームな雰囲気で、生徒たちもリラックスしながらおしゃべりが始まり、みんなで賑やかに作品について話し合えるような空間でした。
教室にはたくさんの画集が並んでいて、授業中にそれを開いて作品を参考にすることもありました。
ここで知ったのは、美術館で目にするような名画だけでなく、現代に活躍するたくさんのアーティストが、新しい技法や発想で制作しているという事実です。
カリキュラムではデッサンから油絵、アクリル画まで、さまざまな画材に触れる体験ができました。
こうした体験を通じて、道具や画材の違い、そしてそれを使いこなすことの難しさに触れ、作品を構想し、完成させるまでには多くの時間と労力が必要であることを改めて実感しました。
実際に道具を手に取って制作してみると、アートを鑑賞する時にも、たとえば「この色は何層も重ねて作られているんだな」とか、「ここは細かく描き込んでいるけれど、あそこはわざとぼんやりさせているんだな」といった細かな工夫に気づくことが増えます。
そんな風に鑑賞できるようになると、作品がもっと鮮明に、立体的に見えるようになるのです。
アートをもっと深く楽しみたい方には、こうした制作体験をぜひおすすめしたいです。
芸術について体系的に学ぶ ― 視野を広げる
私は次第に、「アートって一体何なんだろう?」「私が感じているアートの魅力を、どう言葉にすればいいんだろう?」という興味が湧いてきました。
そこで一度、芸術について体系的に学び、自分の中でアートの魅力を理解できるようになりたいと思ったのです。
そんな時に見つけたのが、京都芸術大学の「手のひら芸大」という通信制のプログラムです。
ネットで完結するこのコースでは、西洋やアジアの美術史や美術理論に加え、伝統文化や暮らしの中のアート、さらには時間や空間のデザインに至るまで、幅広いテーマを扱っています。
私は仕事をしながら、2年間にわたってこのプログラムを学びました。
この学びを通して、アートという概念がとても広がり、単なる美しさや感動だけでなく、歴史や社会の背景を映し出すものとしてアートが存在していることに改めて気づくことになりました。
知識が増えることで、作品を鑑賞する視点が自然と多角的になり、アートから得られる感情に奥行きが生まれるようになったのです。
たとえば、「この作品は伝統的な技法を使いながらも、新しいモチーフが取り入れられているな」と気づくと、アーティストがどんな新しい価値観や表現を持っているのかが見えてきます。
そして、その作品が多くの人に評価されている理由を考えるうちに、その新しい表現が社会や業界にどのような意味を持つのか、少しずつ理解できるようになっていきました。
こうした作品への考察や理解が深まることで、鑑賞の時間がより濃密になり、楽しさも増していったのです。
アート市場で働く ― ギャラリーでの実務経験
アートに関する知識が増えるとともに、私はその学びを実務でも活かしてみたいと考えるようになりました。
当時はフルタイムでWEBエンジニアとして働いていたため、週末の副業でアートに関わる仕事ができないかと探していたところ、百貨店内に新しくオープンするアートギャラリーのスタッフに採用してもらえることになったのです。
その後は縁あって転職して正社員として働くこととなり、約2年間、そのギャラリーではさまざまな経験を積ませてもらいました。
そこでは、展示の計画に始まり、作品の搬入から設置、お客様との接客、そしてアート市場に関する基礎的な知識まで、幅広く学ぶ機会がありました。
アートにはプライマリーとセカンダリーという市場があり、それぞれ異なるルールや価値観のもとに成り立っていることも知りました。
さらに、特に私にとって大きかったのは、アーティストの方たちの経歴や制作への思いに直接触れる機会が多かったことです。
作品に向かう真剣な姿や語りを間近で見ることで、アートへの理解が一層深まり、作品がますます身近なものとして感じられるようになりました。
美術館やギャラリーでは、アーティストが在廊していたり、トークイベントで話を聞ける機会があります。
こうしたイベントは誰でも気軽に参加しやすく、アーティストの人柄や作品に込めた思いに触れる絶好のチャンスです。
作品の背景を知ることで、アートがより身近に感じられると思うので、機会があればぜひ参加してみてほしいです。
アート作品を購入する ― 自分だけの価値観を育む
アートに深く関わる中で、私は経済的に無理のない範囲で、気に入った作品を購入するようにもなりました。
アート作品を「買う」という行為には、そのアーティストを応援する気持ちも込められています。
作品が手元に届き、部屋に飾られると、それが日常の一部となり、自分だけの空間がより心地よく感じられるようになりました。
作品があるだけで、ちょっとした時間にふと目が向かい、そのたびに心がほっとするような、そんな小さな喜びが日常に増えていきます。
さらに、作品を購入することで、「私はこういう作品が好きなんだ」という自分の価値観を改めて確認できるようにもなりました。
世間の流行や評価に関係なく、「私はこの作品を選びたい」という思いが、私の中にある美意識や価値観をしっかりと浮き上がらせてくれるのです。
このように、自分の軸に従って作品を選ぶことで、社会の流れに左右されずに自分自身を大切にすることの意味を実感しています。
そして、そんな作品を身近に置くことで、社会に流されない「自分の軸」を確認し、それを守り続けていく感覚も得られるようになりました。
アート作品を購入することは、単なる所有以上のもので、日々の生活を豊かにし、自分を支える大切な存在となっているのです。
まとめ ― アートを「深く」楽しむための学び
こうして私は、気が付けば10年かけてアートと向き合い、昔よりアートを「解像度高く」楽しめるようになっていました。
自分で絵を描く体験を通して、作品を生み出す難しさや技法への理解が深まったこと。
アートの知識を深めることで、作品を多角的に考察でき、歴史や技法の変遷を感じられるようになったこと。
アート市場で学ぶことで、現代アートをより身近に感じ、アーティストの人柄や思いを想像できるようになったこと。
アート作品を購入することで、自分の価値観を確認し、アート鑑賞の中で「自分らしさ」を感じられるようになったこと。
こうした経験が、作品をより深く楽しむための学びとなっていたのです。
もちろん、私が学んできたことはアートのほんの一部にすぎません。各分野で専門的に活動している方々と比べれば、私の知識も経験もまだまだ浅いものです。
それでも、この10年で学んできたことは、私にとって確実に「作品をより深く楽しむ力」を育ててくれました。
今回の私の経験が、アートをもっと深く学んでみたいと考えている方や、アートとの向き合い方を模索している方にとって、何かのヒントや勇気になれば嬉しく思います。