“誰のせいでもない”不幸のあとさき。「にぶいちの失明」舞台感想
ハンカチを用意しておくんだった。
こんなにいいところでバッグを持ち出しごそごそとやるわけにもいかず、開き直って目をかっぴらく。しばらくして、周囲の薄暗闇からくすんくすんと幾重にも鼻をすする音が聞こえてくるのに気がついた。
胸は変わらず痛いけどその瞬間、ひとりじゃないという安心感に包まれる。
新宿にて、「にぶいちの失明」を観てきた。テレビのバラエティ番組でもおなじみの、いとうあさこさんが所属している劇団かつコメディユニット・山田ジャパンの舞台だ。
ストーリーは、サッカー選手としての将来を有望されていた高校生が、試合中の事故により片目の視力を失ってしまう。プロになる話は白紙に戻り、取り巻く人間模様も変化していきーー。
「これからもサッカー続けるの?」「家族や恋人との関係は?」テーマだけを聞くと重たいけれど、掛け合いはコミカルで賑やかに物語は進んでいく。
さいわい、片目の視力を失ってしまった青年には、愛情にあふれる家族やまた一緒にサッカーをしたいと願う仲間がいる。唯一、不在なのは“悪者”だ。
青年はもう、あんなに好きなサッカーができないかもしれない。しかし、“誰のせいでもない”。お互いに真剣にプレーした結果であって、あれは事故。“誰も悪くない”。相手選手を責めるのは、“間違っている”。
あの瞬間、ボールを追うのを諦めなかった、にぶいち(二分の一)の選択がすべてだ。
それでも、当事者を憎めば気は休まるのか? 時間が解決してくれるのか? 現実でもおこりうるやるせなさを前に、舞台上の人々は並大抵ではない選択を下していく。
つらいこと、悲しいことを前にして、“あなただけじゃない”と言われるのは、何の慰めにもならないことがほとんどだ。一方で、痛みを共有して“自分だけじゃない”と感じられる瞬間はあたたかい。
実は自分でぎゅっと抱いていたやるせなさに気がついて、ぱっと空へと手放すような作品だった。