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音楽に寄せて| 赤とんぼ


一 夕焼、小焼の、あかとんぼ、負はれて見たのは、いつの日か。

二 山の畑の、桑の実を、小籠に、つんだは、まぼろしか。

三 十五で、姐やは嫁にゆき、お里の、たよりも、たえはてた。

四 夕やけ、小やけの、赤とんぼ。とまつてゐるよ、竿の先。

「赤とんぼ」三木露風作詞、山田耕筰作曲


じじいが亡くなったのは
もう三年も前のことだ。

火葬場でお別れする最後の最後、おでこを触っておいた。
丸くて広い祖父のそれは残念ながら自分のものと同じだった。

「あんたはおじいさんそっくりだねえ」
空気の読めぬ祖母によく言われたものだ。
それに対してやや嬉しそうな父と怪訝そうな母、苦笑する姉たちをよそに、にこにこのじじいの顔。
鮮明に覚えている。

じじいは同じ敷地に住んでいた。
大きな農家の長男に生まれ、高校は夜間に通い、大学進学は聞き分けよく断念してこの家を守ることが宿命であることを疑わずに生きてきたようだ。
そこからJAの組合長まで上り詰めたのだから、じじいなりの苦労があったに違いない。

見栄っ張りでプライドが高く、口が悪いので近所ではわりと嫌われていた。
親戚の集まりでもじじいの周りには常に緊張という空気が流れているのが分かった。
そこに加えて好きなものはオペラやクラシック音楽とくるものだから益々キャラに拍車をかけたのは否めない。
皮肉なことに自分のルーツはここにある、と思う。


小学二年の夏休み最後の日。
なぜだかわからないけれど、じじいと畑に水やりに行った。

「ここもあそこもうちの土地なんだぞ」
いつもの如くお家自慢を得意気にするじじいの鼻は日に焼けて赤くなっていた。

続いて突拍子もなく
「いいか、うちの家系はあまりアタマが良くないんだ。だから人が一回で理解してできることは、こちとら十回二十回とやる必要がある。できなけりゃ百回でも千回でもやるんだ。お前もそうやっていくしかないんだ。」
遠くを見ながら言ってきた。

二人の横をつーんとまっすぐトンボが飛んでいた。


赤とんぼを歌う時、決まってじじいを思い出すのはこのせいだろう。
今日もズルをせず一所懸命に生きていこう。

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