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白妙の睾国

睾紀二千六百五年八月十五日。
世界は滅亡寸前であった。
いち早く核兵器の開発に成功、実戦投入した独逸第三帝国により欧羅巴戦線は焦土と化し、続く亜米利加、ソ連による核開発により、連合国、枢軸国共に、致命的な被害を被ったのが前年。
激烈かつ、急速な核開発と増産、それらの配備・拡散により、世界情勢は混迷を極めた。やがて第三勢力により、奪取・模倣され、売買される迄に至り、核戦争は核テロリズムと姿を変え、相互確証破壊の核抑止力など机上の空論であったと専門家や軍人たちを絶望させた。
更に、核をもたざる勢力による“貧者の核”化学兵器の乱開発、乱用という二次的な暴挙により、世界中が汚染され、天文学的な数の動植物が死滅し、世界地図にはノーマンズランドが増えていった。
日々、改良・強化され続ける核兵器は、死なばもろともと、躊躇わず使用され、膨大な粉塵により核の冬は全世界で日常的なものとなり、人々は汚染と寒さ、作物の不足からの食糧危機に喘いだ。
当時の世界人口25億人のうち、直接の攻撃により5億人が命を落とし、二次的な被害により12億人が犠牲となった。
人類は半数の同胞を失い、最早、獲るものもないにも拘わらず、争い続けていた。
政府や首都機能の崩壊により、急遽、発足された第二、第三の臨時政府や、それらが複数存在し、統合の取れないまま、勝手な判断・行動を繰り返し、事態を泥沼化させる。軍隊も同様に、市民を拐っては兵隊として徴発し、勝ち目以前に意味のない非正規戦に投入する。
無限の悪循環。
資源も物資も枯渇し、国力は地に墜ちる。
遠回しな心中をしているような世あ界。
帝国もまた、その渦中の一国だった──────

「下原隊長、捕虜を連行いたしましたっ❗」
兵士らが数名の捕虜を連れ、指令部へと帰投した。捕虜たちは後ろ手に縛られ、ボロボロの身なりに怯えと諦めのない交ぜになった表情を浮かべている。負傷し、傷を庇っている者もいた。
分裂してしまった帝国は、複数の勢力により群雄割拠の状態にある。中には、米ソと同盟しているものたちもいた。
ここは最前線にある。
何処にも属さない、陛下を真に敬い、帝国のこれまでの過ちを糺す為の最期の真日本帝国だった。
別名を白妙の帝国。
白旗を国旗としていることと、医療にもてる力の半数を注いでいる事による。それ故、日本中から難民・貧民が集い、傷病者・被爆者が押し寄せてくる。
帝国領は、全てが難民キャンプといっても過言ではなく、その規模・人口は他の勢力の十倍にも上る。
人も物も、あらゆるものが蝟集し、現時点では日本列島最強・最大の国家であった。
帝国は初めからこうだったわけではない。
僅か十数名から革命は始まった。
その中心にいたのが下原少佐である。
彼女は、元は軍医として従軍していたが、類いまれなる指揮能力や作戦立案、求心力により瞬く間に革命の中心となり、帝国を巨大化させた。
だが、権力や政治には関心がなく、もっぱら患者の世話や炊き出しに精を出している。暇があれば難民の子供たちと遊んでいる。降伏した敵を赦し、戦争犯罪者は部下であろうと厳しく罰した。自ら率先して働き、手本となった。
そんな少佐だから慕われた。敬愛された。
『正しいからこそ人が集まり、強いからこそ勝利する』
『革命家に必要なのは愛である』
彼女は正義の人であり、同時に、愛の人であった。

超人。

生ける伝説、下原少佐が、今、捕虜たちの前に…………

「あなた達の所属と階級は?」
指令部なのか診察室なのか分からない部屋だった。
消毒液の匂いに包まれ、あらゆるものが白い。診察台まである。
その中で、回転椅子に凭れ、くたびれた軍服の上に白衣を引っ掛けた女が一人。初対面の者でも、下原少佐を一目で分かるだろう。
間違いない。
英雄だった。
「あなたからどうぞ。答えてちょうだい」
英雄は再び問うた。
「…………」
四名の捕虜のうち、最初の青年は答えなかった。
年齢や身なりからして、一兵卒に相違ないだろう。
「では、あなた」
次の捕虜、逞しい男に問う。年齢は先ほどの男と同じくらいだろうが、筋肉質で逞しい。彼はあちこちに擦過傷を負っており、縛られた手首は更に腰と足首も縄が掛けられていた。相当、屈強な猛者なのだろう。
「…………黙秘であります」
それだけ無愛想に呟き、だんまりを決め込んだ。
「そう。では、そちらの方」
二人よりも大分、歳かさの男だった。年齢的には下士官でもおかしくない。彼は、脚を引き摺っている。
出血はないので、骨折か打撲と思われた。痛むらしく、はぁはぁと肩で息をしている。
「…………」
「あなたも答えてくれませんか?」
初老の男もだんまりだった。捕虜になっても情報をゲロしてはならない、と戒められているのだろう。国や軍隊によっては、ここまでは喋ってもいいとか、ゲロするための嘘の情報を教えられたりするが、この日出ずる国の軍隊の特色は、捕虜になる前に死ね、というものだった。故に、捕らえられる事を最大級の恥とし、その前に自決するものや、捕まるとふさぎこむ者が後を絶たない。逆に、自棄っぱちで、なんでもペラペラ喋る者もまれにいる。
「困りましたね。少数で国境地帯を侵犯していた、あなたたちの目的が知りたいのですが。一応、訊きますが、亡命ではありませんね?」
「……………」
誰一人、返答しない。
「きさまらぁっ❗」
苛立った兵士が怒声を発する。
「少佐がお訊ねになってるのが聞こえんのかぁっ❗️」
彼女はライフルのストックで捕虜を殴りつけてゆく。
青年の喉、巨漢の脛と耳、中年の痛めた下肢…………
男たちは瞬く間に床に転がり、咳き込み、呻き声を上げた。
「落ち着け❗二等兵❗」
「こ、こいつらっ❗許せません❗」
止めにかかった他の兵士に羽交い締めにされるも、二等兵の彼女は怒り、暴れる。跳ね上げた軍靴の爪先が、巨漢の鼻先にめり込み、鼻血が散った。それを目の当たりにして、青年が「ひーっひーっ」という笛のような悲鳴を上げる。
「この野郎っ❗」
兵士はヘルメットを脱ぎ、青年に投げつけると顔面に直撃し、彼もまた鼻血を流して踞った。
「やめなさい」
流石に少佐も席を立ち、二等兵を止めに入る。
「拷問するならきちんと手順を踏みなさい。これは虐待よ」
拷問と聞いて、捕虜たちは、びくんと震えた。
「くっ………少佐っ」
敬愛する英雄に諭されるも、怒りの収まらない二等兵は荒い息で、同僚を振りほどいた。
「こ、こいつら❗処刑するべきです❗️」
「……理由は?」
すっ、と鋭いものが少佐の目に走る。
帝国で処刑と言うからには、相当なことをしている場合に限られる。二等兵といえども、それは心得ているはずだ。
「こいつらはぁつ❗国境に近い集落を略奪してっ❗そこの娘さんを陵辱したのでありますっ❗」
「なんですって?」

空気が
変わった

国境の小競り合いはままある。今回も警邏隊からその通報を受けて、即応部隊の出動により領域内での捕縛に成功した。軍規の行き届かない末端の兵隊にはよくある事である。しょせん分隊規模の戦力は丸腰の一般人にしかでかいツラは通じず、即、鎮圧された。生き残りが彼らである。
食糧やその他、物資を狙っての事と思われた。
実際、それらの多くは食糧が目当てである。軍のちっぽけな配給では足りないのを略奪で埋めているのだろう。帝国では農耕を推進・保護しており、かなり余裕がある。何なら、人命金ではないが賊に差し出してよい、その為の分の食糧まで分配している。相手も、それを当て込んでの強盗だった。
それが──────
「本当なの?」
「はい………」
他の兵士たちも首肯する。
「私たちが行った時にはもう………」
「集落の女の子を拐っていって……彼女は山の中に捨てられて、どうにか自力で帰って来ました………よってたかって乱暴されたそうです」
「なんてこと………」
少佐は白衣の下、腰のホルスターから拳銃を抜いた。捕虜たちの体が強張る。
「あなたたち……今の話はホント?」
青年の眉間に銃口を押し付ける。ひっ、と一際甲高い悲鳴が迸った。
「答えなさい」
ぐりっ、と銃口が捻られると青年は、
「あ、お、その、自分はっ、自分はっ、そ、その、隊長がっ、隊長がやろうって、隊長があの子かわいくね?とか言って、隊長が連れてこうって、隊長が言うから、隊長は死んだけど、自分はっ、反対でっ、反対したかったけど、反対できなくて、確かにかわいい子だったけど、自分は反対で、反対しようとしましたっ」
「なんだか分からんっ❗」
二等兵もライフルの銃口を押し付ける。
「すいません許して下さい自分は反対だったんです本当です隊長には逆らえないし皆、ノリノリだったしでも自分は反対でしたっ悪いのは他のやつらですっ」
その言葉に、
「なにを言うっ❗」
中年が吠えた。
「あの小娘に目をつけたのはお前じゃないか❗️お前が見つけて隊長に進言したクセに❗️大方、隊長のせいにして自分もご相伴にあずかろうとしたんだろうよ❗️いつもいつも隊長にこびへつらいやがって❗️」
「ち、違う❗️俺じゃない❗️何を証拠に言ってんだ❗️」
「見てたからな❗お前が隊長に耳打ちするの❗その結果がこのザマだ❗」
「俺のせいにすんな❗おめーだっていい歳こいて、なんべんもしやがって❗お前らがちんたらへこへこしてやがるから、敵に捕まったんだ❗」
「ひ、久しぶりだから、しょうがないだろ❗だから、国まで連れて行っちまえば良かったのに❗」
「それこそ問題になるだろ❗殺して捨てるにしても、どこに捨てるんだよ❗」
「やめろ」
それまで黙っていた大男が、口を開いた。
どすの利いた低い声音に、二人は口を噤む。
「やっちまったもんはしょーがねー。見苦しいんだよ、てめえら」
けっ、と吐き捨て、少佐に向き直った。
「そうだよ。あの村から女の子を拐ってみんなで姦したよ。今日び、俺らのとこじゃあんな血色のいい小綺麗な女はいねえからな。堪らなかったんだ」
けけっ、と笑う。
「隊長はスケベのくせに早漏ですぐ満足しちまったから、俺は口の中に一回、中で三度出した。若くて締まってよかったぜ。あんまり経験ないらしくて、途中で血が出てよ。ははっ。こいつらと違って俺のチンポ結構でかいからなあ」
ぺろりと舌なめずりする。
「英雄さんよ、あんた女医なんだろ?俺のチンポ診てくんねえかなあ?相当立派だと思うぜ。なんなら、あんたにぶち込んでやりてえよ。どうだい?」
「少佐に不敬な❗️」
「ぐっ………」
二等兵に殴られ、床に転がるも、巨漢は喋り続けた。
「お前ら、帝国が気に入らねえんだよ❗女ばかりの国なんかつくりやがって❗おままごとはマン毛生えるまでにしろ❗」
「よ、よせよ」
怯えた顔で青年が止めるも、巨漢は止まらない。
「どうせ死刑なんだ❗構うもんか❗お前ら帝国中に俺のザーメンぶちまけて妊娠させてやるからなっ❗チンポの奴隷にしてやるっ❗」
ガチン、と二等兵がライフルのボルトハンドルを引いて初弾を装填した。巨漢に銃口を向け─────

パン。

「…………」
巨漢の頭部にどんぐりのような穴が開いた。
後頭部から脳漿が噴き出す。
ぐりん、と白目を向いて巨漢は静かになった。
「し、少佐………」
二等兵が発砲するより早かった。
少佐の拳銃から硝煙が立ち上ぼり、かん、と空薬莢が床に落ちる。
恐ろしい程に静かだった。
誰も叫び声も上げられなかった。
静寂の中、銃口が動く。

パン。
パン。

頭部を撃ち抜かれた青年と中年が、同じようにひっくり返る。床にどろどろの紅、もしくは彼らそのものだったものが広がってゆく………
三人、瞬く間に射殺した。
「euthanasiaよ」
安楽死、と英雄は述べた。
ごくり、と兵士の喉がなる。
このひとは超人だ、と震えている。
冷静に、冷徹に、冷酷に、なすべき事をやってのける。
味方ながら、我らが革命の英雄ながら、戦慄を禁じえない。
「……あの、少佐、宜しかったので?」
大分経ってから、二等兵は漸く、そう尋ねた。
「適切かつ必要な処置だと思っています」
「は、はい」
ぶんぶん、と首を縦に振る。条約違反だとか、もう何も言うまい。それを作ったのも人。英雄もまた人なのだから。
少佐の迫力に先ほどまでの怒りも、何処かに消えてしまった。或いは、二等兵らの憤りも、彼女は一瞬で治療したのかもしれない。
「さて………」
拳銃をホルスターに納めると、少佐は、ずっと無言で震えていた少年……四人目の捕虜に目をやった。
幼い。
まだ12歳ほどだろう。
全身は痙攣のように震え、カチカチと歯が鳴っている。ズボンの股関は失禁してびしょびしょになっていた。
「あなたの仲間はみんな楽になったわ。あなたもそうしてあげましょうか?」
少佐が問うた、二等兵が一人きりになってしまった捕虜に銃口を突きつける。
「…………」
ぶるぶると首を左右に振る。
「まあ、少年兵として徴用されたんでしょうね。鉄砲玉か、盾か、雑用か。恐らく階級もないかと」
脇原を銃口でつつきながら、二等兵は述べた。
「あなた、お名前は?」
膝に手をつき、かがみこむ少佐。
「あ、あの、ごめんなさい、ぼ、ぼく……ごめんなさい、ごめんなさい」
「謝るような悪いことしたのかしら?」
「え、ち、ちが、ちがいます、してません、ごめんなさい、してないです」
「少佐、拷問してみては?指でも折ってやれば、イチコロです、こんなガキ」
少年の股関が、さらに濡れた。アンモニアの臭いが血の臭いにまざってゆく。
「………ねえ、あなたの名前は?」
「た、たけし」
「たけしくんは、人を殺したり、泥棒をしたりした?」
「あ、あの……泥棒しました。ごめんなさい」
「まあそれは仕方ないわね。じゃあ、レイプもしたのかな?」
「???」
「えーと、他の兵隊さんたちがお姉さんにちんちんでひどいことしてたでしょ?一緒にした?」
「…………」
再び少年は首をぶんぶん左右に振った。
「そうでしょうね………隊長さんたちの所属部隊とか分かる?指令部は?」
「わかんない、わかりません。ごめんなさい」
「これは何を訊いてもムダですね。もう処刑しますか」
「いいえ、この子は…………」

拷問部屋かと思った。
処置室だという血塗れの部屋は、白衣を赤でまだらに染めた大勢の看護婦と、それ以上の患者とその苦悶の叫びに満ちていた。
「こい」
両脇を兵士に抱えられ、たけし少年はその一隅へと連行された。革張りの手術台がある。側で看護婦が器具を並べていた。


「婦長、捕虜の処置をお願いします」
「はい……あら、随分、若い子ね」
「ええ。こんな子供を使って、許せませんね」
兵士たちは少年の体を看護婦の前に押し出した。
「ボク、お名前は?」
「たけしです……」
「たけしくん、下着を脱いでちょうだい」
看護婦に言われ、キョロキョロと周囲を気にしつつ、少年はズボンを下ろし、褌を外した。失禁し濡れている。
かわいらしい陰部が丸出しとなる。
「はい、ではそこに横になって」
促され、手術台に上がる少年。脚を足台にのせる為に、兵士たちが両足を掴んで開脚させる。少年は乱雑にベルトで四肢を拘束された。
「ちょっと誰か手伝って❗️」
婦長の呼び掛けに、数名の看護婦が駆け寄ってきた。
「あとはこちらでしますわ」
「お願いします」
と兵士らは去ってゆく。
「さあ、はじめましょうね❤️」

婦長がそう言って手にしたメスの輝きに、少年は竦み上がった。他の看護婦たちが少年の陰部を消毒し、同時に、頭を押さえつける。
「た、たすけて……」
「すぐに済むから我慢よー💕」
婦長が少年の陰茎を掴む。その根元にあてがわれる手術刀の冷たさ…………

ずっずずずずずずずずずず

「いっ❗️ぎぃっやぁぁぁっぁ❗️」
「我慢しなさーい」
メスが何度も往復し、陰茎が切られていく。
看護婦たちにもがく体を押さえつけられながら、少年は絶叫する。


1分と掛からなかっただろう。

「はい、おしまいねー❤️」
ぶつっ、と陰茎が切り離された。

「うう……たすけて……殺さないで」
「そんなことしないわ。大丈夫、大丈夫❤️」
「もう終わったから安心してねー💕」
切除された陰茎の付け根を、婦長が縫い合わせていく。看護婦たちは、泣きじゃくる少年の頭を撫でては宥める。
これは帝国の男性捕虜に対する基本的な処置であった。

男尊女卑の排斥、というよりも男性の保護と管理を帝国は標榜する。
この荒廃した世界をもたらしたのは男社会なのだから。
陰茎の切除、場合によっては精巣の摘出。これにより捕虜は大人しくなり、感情的にもわだかまりは和らぐ。敵対勢力の力を削ぐ事にもなる。
そして、放射能諸々に汚染されたこの世界では、健康な精子は貴重だった。
それを確保、管理したい。
ゆくゆくは、精液・精巣の保存も検討されている。
全ては、人類の未来の為であった。

間接的に遺伝子の取捨選択へと繋がり、この運動は世界中に流布していく事となる。
やがて去勢法が制定され、技術的にも進歩し、世界中で一般化してゆく。
大去勢時代であった。
爆発的に看護婦が増えた時代でもある。日本から多くの優秀な看護婦が輩出され、世界中の人々を去勢し、人類に復興と繁栄をもたらし、白衣の天使と敬われた。
こうして現代社会は築かれたのである。

…………と、教師の言葉が一段落し、六年三組斉藤ゆかりは教科書から顔を上げた。
素敵、わたしも看護婦さんになりたい❤️
きっとなるんだ❤️
えへへ❤️

(了)

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