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初めての……… care2

まことの精通がくるのは遅かった。
中学生になってからも訪れる事はなく、同級生は一人また一人と、それが訪れ、入院・休学し、早い者は女の子となって復学してきた。クラスの女子の輪は彼女となった彼を温かく迎え、何かを吹っ切ったらしい当人も、新たな人生を謳歌していた。何より、一人前になったかのような自信に満ちていた。
残された男子たちは、どう接していいか分からず、当の彼女は「私、とっても元気になったよ。また仲良くしてね」と言い、俺から私になった一人称に戸惑いながら曖昧に頷いては、やんわりと避けるばかりだった。
あんな風になるのか、、、
自分も、、、、
あんな風になりたくない。
そんな困惑と反発が多かれ少なかれ、皆にあったように思う。
まことは、こんな世の中が嫌いだった。
狂ってる。
男を女に造り変え、駆逐する、自然の摂理に反する社会。一種の“成功した全体主義社会”への嫌悪。
漠然とした憤り。
自分は、ちんちんを切りたくない。
男女で不公平、不平等だ。
犬でも猫でもオスはいるじゃないか。
それが間違ってるのか?
知的生命として文明を築いた結果、オスとメスという自然の摂理を否定するのか?
おかしい。
歴史に語られる人類の過ちは知っている。教わったし、理解もしている。あまりにも悲惨だったという戦時中からしたら、今の世の中は間違いなく成功なのだろう。だがそれはその場しのぎでしかないように思う。
こんな僅か百年程度で浸透し当たり前になった制度なんて、正しいわけがない。時代が間違っている。
誰がそんなものに。
切られてたまるか────────
高尚ぶった主義主張を述べるとそんなところだが、実際には、単純に怖いし、まことはちんちんが大切だった。
結構、大きい。
立派なので、妙な誇りがある。
逆に言うと、立派ということは、その分、切るのが痛そうでもある。
それもあるし、
ちんちんは、まことに悦びをもたらしてもくれる。
グロテスクだな、とは眺めてて思う。
が、
気持ちいいのだ。
まことが自慰を覚えた、目覚めたのも早かった。
小学四年生の頃には、ソファにこすっていた。
それはやがて枕になり、手になるのにはそれほど時間はかからなかった。
眠りにつく時、両親が不在の時、まことは自涜に耽った。
とてつもなく悪い事をしている気がしたし、良くない事であると自覚していた。その背徳感や世の中への反発も、まことを興奮させた。
中学生になってからは、学校のトイレでした事もある。
狂いそうな快感だった。
気になる先輩の裸体を想像し、妄想し、憧れの人を冒涜した。
全てはペニスがくれた悦びであり、罪でもあった。
これを手放す事は出来ない。
切り取るなど、冗談じゃない。
それほどマスターベーションにふけっているにもかかわらず、射精しなかった。精通がこない。いつもドライオーガズムで、絶頂を迎えると激しく痙攣するばかりで果てた。放心し、またやってしまった、と恐怖した。
中毒性、依存性は凄まじい。心のどこかで、これは確かに悪い事だし、手術をするべきなんだろうな、と思う自分もいる。
そんな複雑な罪の意識も、快感だった。
変態だな、と思う。
クラスメイトのどの男子より自分はけがれている。
なのに、精通はこない。
先天的な病気なのかな?とも疑っていた。
それはそれでいいや、手術しないで済むかもしれないし、と開き直ってもいる。
同級生男子が片手の指で数えられる人数になり、高校受験の時期となった。どの高校も、共学ではあるのだが、全校生徒で男子は10名程。多くても1クラスに満たない。知らない女の子の中に入るのは、ちょっとキツイ。
多くの同級生が地元の高校へ進学する。少なくとも、同じ中学の馴染みの女子がいるわけだから。
しかし、まことは遠くの高校を選んだ。
中学の同級生はほぼいない。
全く知らない女の子ばかりで、男の子は学年で四人しかいなかった。同じクラスには、誰もいない。
まことだけが男の子、
オスだった。
女子はみんな優しく、フレンドリーだが、なんとも言えない壁もある。
制服も、女子のブレザーの丈を直し、下を間に合わせのデザインのズボンにした、ちょっとダサいもので、恥ずかしかった。
なぜそんな高校を選んだのか?
スポーツに力を入れている学校だった。医学の進歩により、今や、女子の体力は男子と大差ない。男が要らない論拠の一つでもある。
まことは中学からずっと柔道部だった。
特に好きでもないし、強くもない。そもそも、推薦などではなく、ちゃんと勉強して受験して受かった学校である。
それでも、まことは柔道部に入った。
先輩を追いかけて……………

『ええっ?まこちゃんじゃん』

入部した日、先輩の驚いた顔が忘れられない。
中学で出会って、ずっと、ずっと憧れてきた人だった。
まことの青春そのもの、人生と言っていい。
それは、
どう恋愛に変換したらよいのかも分からない、歪んで、純粋な想いだった。
だから、誰も知らない学校でも平気だった。遠方なので通学だって大変だが苦にならなかった。
朝練の為、四時起きもいとわない。
はたから見ると、熱心に部活に打ち込んでいるように見えるだろうし、そう誉めそやされた。
ひょろりとしたまことは大して強くもない。
頑張ってる子、という感じだ。
一方、特待生として柔道で推薦入学している先輩は、アホみたいに強い。そもそも、七才からやっているらしい。まこととの実力差は、天と地だった。背丈も大きい方だし、骨格がでかい。肉もがっちりとして豊満だった。握力は何Kgあるのか。
彼女に、ぶん投げられ、叩きつけられ、抑えこまれても、まことは嬉しかった。
強い先輩が好きだった。
快活で、力強い先輩の事が、好きだった。

その日も─────
一生の過ちを犯した日。
全ては先輩への想いが爆発したがゆえである。

「先輩っ………」
高校二年の夏。
それなりに立派ないつもの柔道場、いつもの部活の後で、まことは一人、佇んでいた。
道場の清掃は一年生がやるものだが、まことは男の子で、そして、白帯ということもあり、いつも後片付けをかって出た。
目的は、
先輩の汗の滲んだ道着をくんくんすること。
変態だ、と自覚するが、やめられない。
日々のかてにすらなっている。
ただ、その日はそれでは済まなかった。
小一時間ほど前、先輩と、揉めた。
『私さぁ、やめようかな、柔道』
『えっ!?な、なに言ってるんですか❗』
『もうやめ時かな……大学とか、柔道では無理そうだしね』
彼女は既に二段である。それでも、7月の大会と、8月の最後のインターハイでは思うように結果が出せなかった。世の中にはとんでもない柔道エリートがいる。寝る間も食う間も惜しんで、幼児の頃から365日柔道に打ち込んでる猛者がいるのだ。
先輩は負けた。
心が折れていた。
まことは驚き、戸惑い、焦り、テンパって、励ましから非難に変わり、口論となった。
『まこちゃんには分かんないよね❗どーせ、入院したら休学でしょ?それまでの遊びなんだよね?』
『そ、そんなこと……』
無いと言い切れない。
少し当たっているセリフが胸に突き刺さった。
むすっとして先輩は帰ってしまい、ハラハラして見ていた一年生たちも帰宅した。
一人、道着でまことは放心し、なんだか涙が出てきて、先輩の道着を抱き締めて泣いた。
彼女の汗と彼女の匂いにもれた。
そして、
帯を手にした。
ズボンを脱ぎ、パンツを下ろし、股間に帯を押し当てた。
まさぐる……………………
屹立した不浄の剣に、先輩の帯を巻き付け、しごく、しごく、しごく、しごく、、、、、


「うぁ……っ……」
先輩の帯、
勿論、黒帯だ。
それが己のペニスに…………
凄まじい快感。
まことはオナニーにふけった。
人生で一番、気持ちよかったかもしれない。
とても立っていられない。
ひざまずき、顔をうつむけて、畳に突っ伏すように、自慰に耽った。
「先輩っ先輩っ先輩っ先輩っ先輩っっっ」
やめないで、
と思いつつ、その柔道をけがす行いに酔いしれた。
麻薬だった。
何も見えず、何も聞こえない。
狂っていた。

イキそう──────

『まこちゃん』

「!!!!!!?????」
心臓が爆発しそうになった。
麻薬が切れた。
驚いて、顔を上げると先輩がいた。
「あっ……せ………え……」
下半身丸出しで、帯を男根に巻き付けた変態の姿。犯罪者でもあるだろう。
動転し、まことは先輩の帯で股間を隠した。
火に油を注ぐようなものだろうが、どうにもならない。
「な、なにしてるの……それ……私の帯っ……」
驚愕と怒りと底知れぬ嫌悪の声音、そして眼差し。
かわいがっていた後輩が、己の帯で自涜しているのだ。

全身から溢れてくる無言の絶叫、、、

“きもちわるい”

「ご、ごめんなさ……」
「ごめんて何よ!?なにしてんのよ!?」
いきなり叩かれた。まことは半泣きで、されるがままになった。
人生が終わった。
刑務所か、病院か、もう、死ぬしかない。
いっそ、先輩に殺されよう、と。
「きもちわるいなっ❗️返せよっ❗️私の帯❗️」
それを放すと、ちんちん丸出しなので、返すに返せず揉み合った。揉み合う内によろけて、小外刈りになって先輩が倒れた。初めて先輩から一本とった。制服姿で、靴下を履いているのと、テンパってるからなのが大きいが。
倒れ、
「す、すいませ……」
何かが
灯った。
「先輩っ」
「!?」
キスをした。
唇を押し付ける。
咄嗟に歯を食い縛ってくる。
強引に割らせようとするが叶わず、舌は唇をねぶるばかりだった。
唇を舐め、吸い、豊満なバストをまさぐる。ブラウス越しに両胸を揉みしだき、乳首を探り、擦る。

(レイプしてやるっ❗️❗️❗️❗️)

まことは狂っていた。
自慰の麻薬から覚めたまことは、別の悪魔に取り憑かれた。
人生の鬱屈の全てが爆発していた。
この瞬間が全てを精算し、この為に己は生まれてきたのだと、猛り狂った。
股間が熱い。
物凄い事になっている。
これを先輩にぶちこんでやる。
世にも珍しい、レイプ魔として死刑になってやる。
「先輩っ……」
「!?」
何をされようとしているか悟り、先輩は激昂し、恐怖した。
彼女の抵抗が激しくなる。
どうにかスカートから下着を引き摺り下ろそうとして………
「ふんっ!!」
強烈なブリッジ。
はね除けられ、まことは怯む。
ひっくり返される??
寝技でも一度も勝てたことなかった………
ちょっと笑い、それでも咄嗟に彼女の髪の毛を掴んだ。
試合なら反則だが、これは試合ではない。暴力であり犯罪真っ最中だ。
なんとかトップポジション、変形の横四方固めの形で抑えつける。彼女の顔が股間の近くにあった。
「先輩っ!!」
「んっ!?」
刹那、
彼女の口にペニスを押し込んだ。
確か………イラマチオというのか。
現代ではあり得ない、昔の犯罪行為の一つだ。
所有物となった男性のペニスに対してフェラチオなる行為をする女性もいるが、極めて少ない。
その少ない体験者となった事に更に興奮し、同時に、噛み千切られるのでは!?と気付いて恐怖したが、どうせなら先輩に噛み千切られて死んだ方がいい、と覚悟を決めた。
「んぐっ!?えうっ!?」
「ああっ……先輩っ」
流石に、そんな事は彼女もしようとはしないようで、先輩はまことのペニスで口を一杯にして、えづきながら涙とよだれを溢れさせにらむばかりだった。
「はぁぁ……き、きもちいいですっ先輩っっ」
頭を抱え、頬張らせたペニスを様々な角度に突き動かし、先輩の口腔を犯す。
熱く、時々当たる歯が痛く、逃げ回る舌が心地好い。
死んでもいい。
「ああっ、イキそう」
まことの動きは激しくなる。
喉に押し込むようにすると、呼吸困難で先輩の抵抗が小さくなった。
激しく腰を押し付けた。
「イクっ!イクっ!先輩っ!みどりっ!翠ぃっ!」
興奮し、初めて先輩を名前で呼んだ。呼び捨てにした。ミドリ、と。
まことは翠と連呼しながら絶頂を迎えた。
びくん、びくん、と痙攣した。
物凄い快感だった。
同時に

びゅっ❗
びゅるっ❗
びゅびゅっ❗

「!?」
何かが出た。
驚き、慌てて先輩の、翠の口からペニスを引き抜く。
更に驚いた。
白い粘液が溢れてくる。
これは!?
これは?
これは、
これは…………
「げほっ❗❗おえっ❗❗な、なにすんのよ……なにこれ………」
咳き込み、翠が吐き出すそれは、

精液だ。

ついに、精通が来たのだった。

「…………」
それを目の当たりにした瞬間、全てが力を失った。
兎に角とにかく、驚いたし、寒気がする程の恐怖が押し寄せて気が遠くなった。
ああ、ホントに完全におしまいだ、と。
レイプなんてやれる気力は失くなった。
これが出るということは、なんなら翠をレイプした挙げ句、現代では有り得ない動物的に妊娠させるというはずかしめも与えられる可能性すらあるが、それは結果として、自分の子供を創るという事でもある。その子はどうなる?犯罪者の子はきっと堕胎される。そんな事はやれない。殺人だ。
吐き気のする生臭いにおいを充満させながら、まことの陰茎は白い粘液を垂らしていた。
己の一部ながら、途轍とてつもなく汚ならしい。
というか、もう、勃起していない。
まことは呆然と脱力し、へたりこむ。
その顔面を翠が殴った。
鼻血が飛沫しぶき、仰向けに倒れる。
「てめえ、ぶっ殺してやる、クソガキ❗❗」
マウントポジション、柔道では縦四方固めを奪い、襟を巻き込んで十字絞めを極める。
絞め殺す力だった。
「このっ………」
憤怒ふんぬの翠。
まことは無抵抗に泣いていた。

全てが奈落に堕ちた──────
死んじゃおう──────

苦しかったのも束の間、視界がブラックアウトして頭がぼうっとしてくる。
どろどろの闇を堕ちてゆく……………

「あんた…………」
殺されようとする後輩に、翠の手が緩んだ。
「げほっ❗けほっ❗」
闇から現世やみへ、引き戻される。たちまち苦しさが甦り、みじめたらしく酸素を求めて喘いだ。
「まこと…………」
「はぁっ……はぁっ……先輩、ごめんなさい、ぼくを殺して下さい」
「あんた……あんた、バカだねえ」

陰茎とは、かくもけがれ、邪悪なものなのかと、まことは思い知り、世の中は正しかった、切った方がいい、と考えを改めた。己の愚かを恥じ、憎んだ。
罪悪感がおさまらない。

限りない母性で、先輩は赦してくれた。
あんた、ずっと私の事想ってたの?と。
そっか、これに惑わされちゃってたんだねと、まことの股間を蹴っ飛ばした。気絶しそうに痛かったが、もっと罰して欲しかった。


翠は茫然自失のまことを保健室へと引っ張っていき、そこで保健医が救急や警察に連絡し、まことは勾留され、全てを告白した。
自分は犯罪者です、と泣いた。
テレビドラマのような怖い刑事ではなく、婦警さんたちは丁寧で親切だった。一度は手錠を掛けられたが、目立たないようにタオルを掛けてくれた。警棒で殴られたり、テーザーガンで撃たれたりもなかった。
いっそ、ボコボコにして貰えた方が心は楽だったかもしれない。
世界で一番大切な人をけがしたのだから。
そんな後輩に対して、翠は被害届も出さず、事故と主張した。早く治療してあげて下さい、と嘆願した。後で聞いた話だが、翠は言いすぎたから謝ろうと思って、道場に戻って来たらしい。そして、かなり早い段階から、まことの行為を見ていたという。自分に対して、そこまで狂っていた事実を整理し、なんと声を掛けるべきか躊躇ためらっていたのだった。

告白もなく、恋愛にならない片想いは、こうして消滅した。

まことは、起訴はされないもののただちに去勢される事となった。
巨大陰茎症のみならず、早期手淫依存症という心の病も診断された。両親は号泣し「気付いてあげられなくてごめんね」と謝り続け、まことはもっと申し訳ない気持ちとなった。
その根本的な治療の為もあり、挫滅ざめつによる緊急去勢ののち、陰茎切除手術が行われた。

精巣を去勢鉗子で挟み潰し、ガチガチの陰茎を切断するのである。ショック死か発狂しかねない激痛だったが、まことは罰だと思い、甘んじて受け入れ、ひたすら耐えた。


長期入院し、病棟では危険因子ありとして、拘束され続けた。まことにとってそれは服役だった。
辛かった。
罰だから仕方ないと思った。
耐えて、耐えて、耐え続け、
一般病棟に移り、入院中に通信教育で高校を卒業し、己を私と呼ぶのに違和感が無くなった頃、退院もしくは出所した。およそ三年が経ち、カウンセラーやソーシャルワーカーのすすめもあり、まことは知らない人ばかりの遠く離れた街へ転居し、花屋さんで働き始めた。
以外な程、体力を使う。
リハビリも兼ねて懸命に働いた。
そうして数年、
「すいません、何か花束にして貰いたいんですけど、私、お花とか分かんなくて………」
「あ、ハイ。どなたに贈られるんですか?」
「大学の柔道部のコーチが還暦で……ってあれ?」
客は翠だった。
「…………」
逃げ出そうとするまことを、捕らえる。
脇固めだ。
まともに顔を見ることなど出来ない。必死に顔を背ける。
「……まことじゃん?」
姿形が変わっているのは、まことの方だ。
翠はあまり変わっていない。
それなのに一発で気付いた。
待っているのは復讐か、怨嗟か、蔑みか………
罵詈雑言、そして暴力を覚悟した。花屋のお店には、まこと自身とソーシャルワーカーからある程度、事情は伝えてあるが………仔細な事をバラされるかもしれない。いや、ネットにさらされるのかも。
社会的に抹殺される覚悟をした。
唇を噛み、遅れてきた死刑を受け入れようとするまことに翠が放った言葉は、
「あんた、キレイになったねえ❗良かった良かった❗心配してたんだよ❗入院して大変だったっしょ?」

運命でなくて何だというのか。
漸く“恋”が始まり、
二人は結婚する事となる。

余談だが、夜のツールにより二人は互いの初めてを受け入れた。まことは、アナルまで奪われた。これは無理矢理だった。罪の意識故か、受けるのはもっぱらまことの方だったりする。
性の悦びのために行う行為であって、妊娠が目的ではない。激しく狂った。かつてした事の、逆をさせられた。まことは本当の悦びを知った。挫滅去勢されたまことだが、精巣から注射器で直接採取・保存されていた精液により、翠は妊娠した。
二人にはかわいい男の子が産まれた。
男の子と判った時、まことは絶望し、不安だったが、翠が全てを吹き飛ばし、受け入れた。
『私がちんちんくそ不味いんだからね?って教えるから大丈夫』
一般的に、妊娠・出産と共に、カップルは入籍する。これは子供が不便な目に遇わないようにという配慮である。
まことは翠の籍に入った。
こうして、鷲井まこととなり、二人はやがて三人の家族となって、息子のゆうと平凡だが幸せな毎日を送っていた。

『まことっ、大変なのっ』
ある日の朝、早朝から出勤していた花屋に、翠からの電話がある迄は───────

『ゆうがね、あれがきちゃったみたいなの❗おむつに白いどろどろが、あ、あれってそうだよね!?同じ匂いしたもん❗ど、どうしよう!?』
『え、待って、昨日、学校の検診でお医者さんに大丈夫って………』
『そんなの、いつ来るか分かんないじゃん❗あなただって、あ、いや、ごめん、ごめんなさい』
『それはいいけど……そ、そっか、分かった、急いで戻るね』
今は小さいお店ながら支店長のまことは、他の従業員に訳を話し、早退して駆け付けた。
自宅では、居間で伴侶の翠と息子のゆうが気まずい沈黙の中、テーブルを挟んで座っていた。
丸められたおむつが置いてある。
異様な臭いがした。
知っている。
悪魔の、狂気の臭いだ。
「ママ……」
狼狽した息子。
ゆうは、翠をお母さん、まことをママと呼ぶ。どこの家でも、産みのお母さんと育てのお母さん、どちらかをお母さん、どちらかをママと呼ぶ。決めるのは当人たちである。
「ゆうっ」
息子を抱き寄せる。
ショックだったのだろう。
泣き腫らした目をしている。
ちらりとおむつに目をやり、手にとった。開いてみる。
まだ乾ききらないどろどろがついていた。間違いないだろう。
「まこと、どうしよ……病院かな」
「うん、そうね……」
両親のやり取りに、ゆうは青褪あおざめた。
それはつまり、入院、手術を意味するのだ。
「お母さん、やだよっ。病院なんて行かないからっ」
「ずっとこうなのよ」
と翠。
「ち、ちんちん切りたくないっ……そんなのやだよっ」
途端に涙が溢れ、顔を歪ませ、ゆうはしゃくり上げ始めた。
「…………」
言わなければ。
我が子に言わなければ。
「ゆう」
着けたままだったエプロンをたくしあげ、まことはズボンを下ろし、下着もずり下ろした。
「見える?」
「…………」
母親の陰部を見せられ、少年は目を見張る。
「ママもね、手術怖かった……そんな制度、間違ってる、良くないって思ってたの。でね、ママはその、白いのが出るのがとっても遅くて……」
「…………」
「あの、高校生になってからでね、翠お母さんのこと……好きでね、その……」
涙が出た。
「あのね、なんていうか……とっても悪い事を翠にしたのよ、ママは」
涙が零れる。
「ゆうがね、時々、おちんちん布団に擦ったりしてるの知ってるよ、ママ」
「え……」
「ううん、いいの、悪くないよ。どうしようもなく、しちゃうんだもんね。でもね、いつか大切な人に悪いことしちゃうかもしれないの。ママはしちゃったの。だから、その原因をとって良かったと思うし、悪いことをした分だけ、ママは、罰としてたくさん辛い手術をしたんだ。三年くらい入院してたよ」
「そんなに…………」
「ゆうも好きな人いる?」
「…………」
気になる子は、いる。
「その子の為にも、がんばってみない?すぐに手術にはならないと思うし、とりあえず相談だけでもお医者さんにしに行こうよ?ね?」
「…………うん」
ようやく、息子が了承し、婦妻ふさいは安堵の溜め息を吐いた。
まさか、こんなに早くくるとは。青天の霹靂せいてんのへきれきもいいところだった。まこととしては、自分が遅かった分、きっとゆうも遅いだろうと漠然と思っていたのが、寝耳に水だ。結構、大きいのは遺伝だろうが。
あれを切るのか………
かわいそうに、とも思う。
いや、子供の内にした方がいい。
ゆうの為にも、そうするべきだ。
我が子にあんな思いをさせてはならない。
親の責任として、きちんと去勢してあげねば…………

「鷲井さん、お入り下さい」
「は、はい」
看護婦に呼ばれてどぎまぎと応え、まことはゆうの手を引いて診察室へ入った。
やはり病院は苦手だ。
「どうぞー」
どこかのんびりとした女医に促され、親子三人、並んで腰掛ける。


「えーと、結論から言いますけど、ゆうくんはやっぱり精通きてますから、入院して頂きますねー」
おっとりした女医が、ニコニコと話し始めた。
ゆうはやはり青くなっている。
「その、手術ですかっ?」
「あ、いいえー、それはまだ先で、とりあえずの入院です。三ヶ月くらいは、様子見でぇ……色々調べていくことになりますねー」
「そうなんですか」
「人それぞれなんでぇ、ゆうくん、ちんちんは切るんだけど、タマタマどうしたい?」
「へっ?」
「精巣も取るんだけどぉ、かわりにシリコン入れて残したりも今はアリなのね。あと、膣形成しない人もいますねー。逆に、処女膜形成する人もいるしー、すごーく少ないけど、尿道直腸バイパスってゆって、ご両親ご存じですか?」
「なんか、あれですよね、所有物になるので法的に認められるとかいう………」
翠が嫌悪感をあらわに、そう述べた。
人権を捨て去り、所有物、平たく言えば“奴隷”となる道を選ぶ者もいるし、法的に認められてもいる。それは、大部分の普通の恋愛をしてきた者には理解不能な行いでもあるし、きもちわるいとも感じる。翠の嫌悪も、ごく一般的な感情だった。
ただし、そういうアブノーマルな人々もいるし、それを見て見ぬふりをしてあげる、認めてあげるべきではあるし、社会通念としてそういうスタンスが世の中にはある。
「そうですそうです。それもまあ、可能ですねー。手術の方法も、色々ですから、ゆうくんは暫く、あれこれやってみましょ。オペはそれからでね」
「…………」
ゆうが安堵したのが分かる。
「ゆうくん、おちんちん弄ってたりするのよね?」
「…………」
赤くなり、小さく頷く。
「じゃあ……少し、おしりも色々すると思うけど、そんなに痛くないから、安心して。お熱出た時、座薬入れたことあるかなー?」
「う、うん。ママに入れられて痛かった」
「まあ、あのくらいだから。我慢できるでしょー?」
「………」
なるほど、あのくらいかと、ゆうは胸を撫で下ろした。
「ゆうくん、極端に怯えたり、反発したりもないので、拘束は要らないですねー。ゲームとか持ってきてもいいですから。入院準備してきて下さい。あ、パンツはおむつになるので、要らないですよー」
愛想のいい女医に安心し、家族は帰宅した。
まことは、早く相談して良かったと心から思った。ゆうには、あまり辛い思いをさせずに済むだろう。


翌日。
入院の荷物をまとめ、近隣で一番大きい総合病院の泌尿器科病棟へと来院した。この姫川病院は、総合とは名乗っているが、そもそもが小児泌尿器科をメインとしてスタートした全国でも指折りの専門病院だと言う。内科や外科などの一般病棟は本館とは別の後付けらしい。当然、泌尿器科の本館は12階建てで、どでかい。外来はフツーだったが、この本館は、何か、威厳というか硬質な凄みがある。受付で確認を済ませると、看護婦がお迎えに来るので待つように、と言われた。
「面会ってダメなんだね……」
と翠。本人が変化していっても周りが、特に親がそのままの態度では、治療に支障をきたす場合が多いらしく、入院中の外部との接触はNGなのだという。ネットも遮断され、つまり、完全に孤立無援となる。閉じ込められる状態だが、仕方ない。
「私の時もそうだった。縛られてたから、ゆうはマシだよ」
まことは苦笑する。
「ごめんね」
翠がその手に触れる。
「何で?私が悪いのよ」
「私もよ」
寄り添い、抱き合う。
空いた手で、ゆうを引き寄せ、近頃めっきりスキンシップを拒否るようになった息子を……息子と最後の抱擁をかわす。
息子のゆうとは最後なのだ
退院する時は、娘のゆうになっている。
「ゆうはね、あなたのyouなの。息子でも、娘でもいい、私たちの子」
「お母さん、ママ……」
「がんばってね」
「うん」
ちょっと涙腺が緩んだところで、視界に白衣が映った。小走りに看護婦がやって来る。

ナースキャップに、予防衣の看護婦が微笑む。
「あれっ?」
驚くゆう。
「また会っちゃったねー、ゆうくん🎵」
それはあの田村あやのという看護婦だった。

落ち着いていたハズのゆうの何かが、
ざざざざざざざざ、と波打ってゆく…………


(了)

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