観覧車から見た、はためく白い応援旗
その日、私は少し緊張した面持ちで電車に乗っていた。
数年前の秋の日のことだった。
小さな花束とささやかなプレゼントを携え、大切な時にしか着ないと決めていたお気に入りのワンピースを着て、母の還暦祝いの食事会へ行くのだ。
レストランは、以前から行きたいと思っていた和フレンチのお店KUWAHARAKanを予約した。
鹿児島中央駅から道路を隔てて真ん前に建つビルの7階にあるそのお店は、地元鹿児島の食材をふんだんに使った料理が有名で、ガラス張りの店内が特徴的なおしゃれなレストラン。
母に喜んでもらえるといいなと、期待に胸を躍らせながら、母や親類との待ち合わせ場所へと歩を進めた。
■ 還暦を迎えた母の涙
合流した私たちは、早速お店へと向かう。
予約していたランチの時間より少し早かったため、店の入り口横にあるソファで待つことにした。
「今日はよく晴れてるから、きっと窓から見える外も綺麗に見えるね」
「どんな料理が出てくるかな」
「いい日になってよかったね」
皆でそんな会話をしていると、母がポロリと涙をこぼした。
「お母さんのために、本当にありがとう」
「まだお店に入ってもいないのに、フライングだよ!」そういいつつも、還暦を迎えた母の涙が、私の涙腺を刺激する。
母の過ごした60年という長い年月のすべてを私は知らない。
けれど、女手ひとつでパワフルに私を愛し育ててくれた日々の思い出の数々を、私はこの身を持って知っている。
結局私も涙をぽろぽろ流しながら、このよき日が母の生きてきた60年間の中で一番幸せな日になるといいなと願うように笑った。
■ KUWAHARAKanでの還暦祝い
予約の時間となり、店内へ招き入れられた。
事前にホームページ等で見ていた通り、ガラス張りの店内は明るく開放的で、おしゃれな内装に私たちの気持ちは高まった。
窓からは、鹿児島中央駅と駅の屋上に設置されている観覧車「アミュラン」が大きく見えていて、その背景に広がる綺麗な秋晴れの空が母を祝ってくれているようだった。
席につき乾杯を済ませた後、予約していた料理が運ばれる。
こだわりの食材で作られた前菜もスープもメインもどれも本当に美味しくて、みんなでニコニコ笑いながら食事した。スタッフの方がしてくださる料理に関する説明もとても楽しくて、終始笑顔で過ごす母の姿を見て、私も気持ちがポカポカあたたかい。
そしていよいよやってきたデザート。
デザートのお皿に書かれた「還暦おめでとう」の文字。拍手をするスタッフの方々。
私が事前にお願いしていたプチサプライズだった。
「え!いつの間に!?」なんて言って驚きながらも、うれしいうれしいと母は何度もスマホで写真を撮っていた。
美味しい食事に、ちょっとしたサプライズ。
大切な人たちと、こんな楽しい時間を過ごせたことに、私は幸せな気持ちでいっぱいだった。
「ああいい日になったね」と、お祝いの席をお開きにしようとしたとき、伯母が外を指さした。
「あれ、乗っていこうよ。観覧車」
そこには、鹿児島の観光名所の一つ。前述した観覧車アミュランがあった。
■ 観覧車アミュランから見た風景
「ああ、アミュランに乗っている間、このレストランの中もよく見えるんですよ」
会話を聞いていたスタッフの方が声をかけてくださった。
「そうなんですか!じゃあスタッフの方に向けて手を振っちゃおうかな」
冗談でそう言うと
「わかりました!ではずっと見てますので、お客様が見えたら手を振りますね」
料理も接客も最高で、さらにリップサービスも満点なんだと、スタッフの方のプロ意識に感服する私。冗談でもそう言ってくれたら嬉しいものだ。
最後まで楽しい食事会だったと満足しながら、かくして我々はアミュランに乗るため鹿児島中央駅へ向かった。
さっき飲んだお酒で少しばかりほろ酔いになりつつ、観覧車へ乗り込む。還暦祝いで、まさか観覧車に乗ることになろうとは、私はもちろん母自身も予想していなかったことだろう。
ぐんぐんと高く高く動き出すゴンドラ。
やっぱり空はよく晴れていて、鹿児島市内の風景が広く大きく目の前に広がった。
その時だった。
「あっ!KUWAHARAKanの人!」
見ると、KUWAHARAKanのガラスの向こう側から三人のスタッフがこちらに向かって大きく大きく手を振っていた。一人は白いナプキンのようなものを持って、こちらにエールを送るようにぶんぶんと振ってくれている。
まさかだった。ランチ時間が終わって、お店が開いていない時間だったとはいえ、まさかこんな最高のおもてなしをしてくださるとは!
白い布がはためく姿に、私は言葉にならない感動を覚えた。
たった一回食事をしただけの私たちに、一生に一度の思い出を提供しようと心遣いを惜しまぬプロ精神。そしてこんなにもあたたかで人間味あふれる対応をしてくださったホスピタリティ精神に熱い思いがあふれる。
こちらからもスタッフの方々に見えるよう、腕を伸ばし大きく手を振った。
ありがとう、ありがとうと思いを込めて。
この日を最高の一日にしてくれた感謝が伝わるように。
観覧車から見た、白い布は、母のこれからの人生を照らす応援旗のように思えた。
心を尽くしてくれたあの白い応援旗がはためく様を、私はきっと一生忘れない。
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