見出し画像

国民皆警察と「自警会」:社会改造と警察改造

 松井茂は『警察の根本問題』(松華堂、一九二四年)で「警察教育の作用としては、養護、教授、(感化、宣伝)訓練、訓示(告示、告諭)巡閲、(巡視、警邏、監察)、指導等のことは何れも皆必要のことに属する」と例示し、警察が、民衆に対し「警察の思想」を注入するべく教授することと「警察の思想」を宣伝することを同様に説明し、警察教育=宣伝と考え、国民皆警察を構想した。

 松井茂は、一九二三年(大正十二)十一月に「帝都復興の大詔を拝読して」(『警察協会雑誌』 第二七九号、一九二三年)を著し、「我国警察官は其帝都に在ると否とを問はず、此時機を利用し、之を内にしては精神問題として警察官が自ら一層の修養を加 へ天晴れなる警察官たるべく、非常なる緊張心を起さねばならぬと共に、之を外にしては国民に警察の思想を普及せしめ、所謂る国民皆警察なりとの観念を徹底 せしむべきものである」と、関東大震災を利用し警察思想の普及を図り、「国民皆警察」の観念の徹底を主張した。

 「巡査の天職」 (『警察協会雑誌』第二七〇号、一九二三年)では、「我国に於ては警察の改造は実に目下の急務である。就中巡査の素質教養能率等各種の問題は、何れも皆一 日も等閑に附すべからざる活問題である。特に巡査は国民多数の中心人物であつて正義を観念として行動すべき性質の者である以上は、万一巡査にしてその人を 得ざる時には、これが周囲にある国民の思想や行動の上にも影響を及ぼす事の少くないのは、実に見易い道理である。」と、模傚中心としての警察官の役割の重 要性を強調し、警察の改造、巡査の資質の向上を訴えた。

 また「警察観念の普及に就て」(『警察協会雑誌』第二七六号、一九二三年)では、「欧州戦乱の結果、各方面に於て社会改造問題は、或は精神上の方面に或は物質上の方面に起りつゝある」と、第一次世界大戦後の社会改造について言及し、「我邦に於ても今日は保安組合、火災予 防組合、自衛組合其他種々の自警団体が盛に出来て居る、又現に到る所で其計画を立てゝ居る、而して此等の思想の基く所は世界の大勢であります」と述べ、保 安組合、火災予防組合、自衛組合其他種々の自警団体等、警察の下部組織の整備が社会改造の一環として行われたと述べている。

 この当時松井茂は、「先般も国技館に於て一万四五千人の多数の人々の前に於て話した事であります」と、積極的に警察改造、社会改造を訴えるための講演を行っている。

 また、「警察観念の普及に就て」では「長野県 は我邦に於ける文化県として有名でありますが、同県では昨年十一月民衆に対し警察思想普及宣伝の講習会を開いた」と長野県での警察観念の普及の事例を挙げ ている。

 その講習会は「町村の成年有志者が自費を以て二週間の久しき自ら講習生となつて広く警察に関する講話を聴く」というものであった。

 松井茂自身もこの講習会に出席し、「知事の依頼にて五時間許り国民と警察との関係に就て講話を試みた」という。

 松井茂によれば、この講習の受講者は「百三十有余人の者が修業證書を得たる程の盛況を呈し」、「此の講習を受けたる人々は其の町村に帰りたる後青年団等を中心とし、自治と警察との関係に就て尽力する事となつた」という。

 また長野県には「警察後援会の設けがあり、殊に警察官の住宅が建築さ れましたのは実に喜ふべき美挙」と、松井茂は警察後援会を高く評価した。

 松井茂は「此の後援会は私共の関係せる警察協会の事業とも類似して居ります故、将 来は益々協会とも協同して実効を奏して頂きたい」と述べ、警察後援会を奨励した。しかし松井茂は、「俗に民衆警察と云ふ辞が流行しますが、之は過りたる言葉にして、警察は先に云ふ如くに国家の警察にして民衆の有する警察権はない」と、警察観念の普及は、民衆の警察ではなく国家の警察による警察思想の普及で あると念を押した。

 これらの社会教化事業による「国民皆警察」化は、松井茂が「加賀谷方学士訳『民衆と警察』を読む」(『警察協会雑誌』第三二七号、一九二七年)で、「今 や普通選挙の将に行はれんとする時に当り、我邦の警察は益々速に国民の自覚により、国民皆警察の域に進行せねばならぬ」と述べているように、普通選挙に対 する準備としても必要だったのである。

 松井茂の唱える「国民皆警察」の成果は、一九二八年(昭和三)の御大典の警衛活動で発揮される。

 松井茂は「御大典の真義と警察奉仕」(『警察協会雑誌』 第三四〇号、一九二八年)で御大典における警衛活動に言及し、国民警察の実践例として「自警会」の活動を報告している。

 松井茂によれば「自警会は今年一月 頃に出来たもので、警察署長又は有力者が会長となり京都には八個の自警会があり、郡部にも亦存在」し、「自警会は警察署中心で」「其数は警察署と同数」で、「其の幹部は六百八十人に達し、総ての有力者を網羅」していたという。

 松井茂は「自警会」の活動事例として京都市の「堀川警察署自治会」をあげている。

 堀川警察署自治会は「堀川警察署管内の世帯主、 在郷軍人会員、青年団員を以て組織し、公徳の観念を振作し、自治・自衛心の普及を計り、隣保相助け、災害を未然に防止し、共同生活の安全を確保することを 以て目的とし」、「其の目的を達する為めには、講演及各種の宣伝、災害の予防上必要なる諸種の施設を行ふ」。そしてこの「自警会」の「役員は会長・理事・ 評議員等を以て之に充て、評議員は各学区・公同組合・衛生組合・在郷軍人分会・青年団の役員中より互選」し、「事業遂行上、必要に応じ第一線に立つて活動 する為め、連合部隊、小隊(各学区)、分隊等をも組織して」いると、自治会を中心とした自警組織について説明している。

 松井茂は「余が今回の御大典に就き最も歓喜して居るのは、民衆と警察との関係が徒らに口の上でなく、之を事実の上に現はした事である。希くは将来之を動機として余の平素熱心に唱道しつゝある国民警察及国民消防の実を挙げたいものである。」と述べた。

 このように松井茂は、関東大震災や御大典を利用して、「国民警察及国民消防」の思想を鼓吹し、「人類自然の服従的の性質」(「自然に服従しなければならぬと云ふの観念」の実践と「人民の当然有すべき服従的義務」)を土台とした「自治と警察」の思想を注入することで、国民皆警察の実現を目指したのである。

いいなと思ったら応援しよう!