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「警察の特高化」:『教育勅語と警察精神の発揚』

 丸山鶴吉が、『松井茂自傳』の「序」で「我国警察消防の権威者であり、社会教化事業の指導者であった松井先生」と述べているように松井茂は、社会教化事業の指導者であった。

 一九三七年(昭和十二)に松井茂は、『教育勅 語と警察精神の発揚』を著し、「今や我国は端を北支事欒に發し、内外正に愈よ多事ならんとするの時、外は軍部の力に信頼し、内は警察の力に依りて益々時局 の認認を高め、眞に擧国一致の実を擧げざるべからず。」と警察の力による挙国一致を訴えた。漱石が一九一六年(大正五)に『点頭録』で批判した「軍国主義 国家主義」が現実のものとなったのである。

 松井茂は、「先づ警察官が深く国体の精華を味ひ、国民の第一線に立ち、国体の擁護者となることは時節柄何よりの急務なり」と主張し、「教育勅語の神髄を 味はんとするには我国体の精華の何ものなるかを了解するより先なるはない」として、それには先ず「我国体の理想国家であること、德治国家であること、家庭 国家であることの三點に徹底しなければならぬ」という。

 第一の理想国家とは「勅語中の『我皇祖皇宗国ヲ肇ムルコト宏遠』といふ意義中に含まれてゐる。即ち宏遠とは理想と深き関係を有するものである。何となれ ば理想であるからこそ絶対性や無限性なる永遠性を含むからである」。第二の徳治国家とは、「即ち勅語中に『德ヲ樹ツルコト深厚』とあるのはそれである。我 国が敎化立国であると稱する所以もこの點に存する」。第三の家庭国家とは「即ち勅語中に『克ク忠ニ克ク孝ニ』とあるのはそれである。玆に明かに我国の忠孝 一本の国柄である所以も明示されてゐる」と説明している。

 そして松井茂は「右の如く我国の特色は理想国家、徳治国家、家庭国家たる三點が国体の基礎問題である以上は、苟も日本警察官たる者は国体の擁護者として常 によくこの三の根本義を了解し置くことが何よりも急務であることを忘れてはならぬ。勅語中に『億兆心ヲ一ニシ』と仰せられて居る所以も畢竟するに国民は右 の三點を目標としての事に外ならない。」と主張した。

 教化立国にからめて松井茂は、「余が年来警察報国を以て聊か国家の為めに微力を致し来りつゝあり乍ら、又一面に於て財團法人中央敎化團体聯合会の為めに力を致し来つて居る所以も、畢竟警察報国の趣旨も敎化立国と至大の関係があるのみならず、謂ゆる国民警察と云ふのもその内容は社会敎化の範囲を出でない」と、国民警察が社会教化であり、教化立国の実践であったことを明らかにした。

 松井茂は、「軍人や司法官は正義の維持者として、国政上最も必要なるものには相違ないが、軍人は戰時にその光輝を放ち、又司法官の職責は或る特定人に對 しての事である」とし、これに対して、「警察官は日常生活上平時に於て常に一億萬の一般国民の為めに奉仕してゐること故、その官職の性質上、国体の擁護者 たるの點に於ては、軍人や司法官よりもその普及すべき範圍が廣いのである。」と、教化立国における警察官の模傚中心としての役割の重要性を強調した。

 松井茂は、「警察官はよく国体の擁護者として大いに活動を重ねたるものである、随つて又国民も亦之に對しては大に敬意を表して居る」と、これまでの活動 を評価し、「日本警察官に對し、特に今日の時局に鑑み、国体観念の明微の上に於て日本精神の最も重要なる保持者として国体擁護の陣頭に立たねばならぬ」、 「殊に国体の破壊者とも稱すべき共産黨の取締は特高警察上最も重要なる任務である」と述べた。

 そして松井茂は、「之は獨り特高警察に從事する者のみでなく、廣く苟くも日本警察官たる以上はその職責の何たるを問はず、国体を破壊せんとするが如き者に 對しては最も強を警察権を行使すべきは餘りに當然過ぎる問題で―中略―多年我国の警察界に於て、一般警察官に對し警察の特高化といふ事が強調されてゐるの も、決して偶然ではない」と、一般警察官の特高警察化を推進した理由を明らかにした。模傚中心である一般警察官の特高警察化は、国民の特高警察化の試みに ほかならない。

 さらに松井茂は、第六十九回帝国議会において「文部大臣に對し、敎育勅語中の国体の精華といふ事に對してはもつと簡単に国民に分りやすく了解の出来る様 盡力せられたいと希望し、且つそれには殊に一君萬民の基礎問題たる『克く忠克く孝』の情義竝び至れる我国体の大義名分の根本問題をもつと通俗的に社会敎育 上より国民一般に普及徹底せしめたい」と述べた。

 なぜなら、「教育勅語の御趣旨は如何に種々の方面に亙りて居るとするもその結論に於ては、結局忠孝一本と 云ふ事に歸着する」もので、それは「情に於て父子、義に於て君臣たりといふ事とも一致」し、「一君萬民といふ事ともなり得る」という。

 そして、「幸に一た びこの點がよく国民に普及徹底し得る事となれば、我国の将来は実に萬々歳である。」と松井茂は考えたのであった。

 一九三七年(昭和十二)「国民精神総動員運動に関する件」によって、警察官は、日本精神確立の為の師表(手本)とされると、松井茂は、一般国民へ国民精神を注入するために、一九三八年(昭和十三)二月に「国民精神総動員の意義」をレコード四面に吹込み、同(昭和十三)年十一月十三日には、国民精神作興週間の最終日午前7時30分からラジオの全国放送で「東亜の安定と国民精神」と題して修養講座を行った。

 法学博士、貴族院議員、中央教化団体連合会の常任理事等の多くの肩書きを持つ松井茂は、自ら進んで国民精神作興の最も影響力のある模傚中心(社会教化事業の指導 者)となることを目指した。

 なぜなら、松井茂の理論に従えば、国民精神総動員も警察官を模傚中心とした国民皆警察化(社会教化事業)なのである。

リートン作:警察精神

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