群山ブックフェア2024① ブックフェア編
自転車並みのスピードの台風10号に追いつかれないように(飛行機は3時間ほど遅延)、約10か月ぶりに韓国へ。夕方の仁川空港で出迎えてくれたTHANKS BOOKSのイ・ギソプさんは「このところソウルも異常に暑かった。毎日スコールだよ」と、スニッカーズを渡してくれた。これからさらに群山(グンサン)まで高速バスで2時間半ほどの旅。照明の落とされた車内で隣の内沼晋太郎さんとしゃべっていると運転手から「お話はおやめください」とアナウンスがあり、本当はコーヒーなどの持ち込みも禁止されているようだ(熱々なのがこぼれたりして以前問題になったと聞く)。たまにGPSで現在地を覗くが、南へ向いた矢印はそれこそ自転車のようだ。群山に着いたのはもう21時すぎ。湖畔に吹く風が夏の終わりを少し先取りしていた。
「群山ブックフェア(군산북페어/Gunsan Bookfair)2024」は、錦江下流の人口26万人ほど(=福井市と同等)の港湾都市、群山市で今年初めて開催される独立系、つまり小さな出版社や個人書店の集まるブックフェアだ。韓国で独立系のブックフェアだとUnlimited Edition(11月のソウルアートブックフェア)やPublishers Table(10月)が有名で、地方だとチェジュ島のブックフェアも活況だと聞くけれど、韓国のいわゆる地方都市でこの規模のブックフェアが新たに立ち上がるのは珍しいと思う。運営するのは地元の13の本屋の連合体である「群山本の文化発電所」だが、その中心人物はこの地に移り住んで昨年の2023年12月に本屋「Graphic shop」をオープンした、出版社PROPAGANDAの代表でもあるキム・グァンチョルさんだ(上のサイトの写真もに出てくるトートを持った右側の方)。『本の未来を探す旅 ソウル』の取材で2016年にお会いして以来の仲でもあり、大阪・北加賀屋で毎年開催のASIA BOOK MARKETにもたびたび来ていただいた。そのご縁もあって今回、ASIA BOOK MARKETの韓国・台湾キュレーションチームの我々(B&Bの内沼さん、台北のArtQpieと一緒に来た田中佑典さん、古谷未来さん、 IN/SECTSの松村貴樹さん+僕)も招聘いただくかたちとなった。ちなみにグァンチョルさん、めちゃくちゃ酒が強い。
群山はその風光明媚のなかに多くの日本式家屋が残っていることでも有名だが、それはこの地がかつて日本占領(日帝)時代に米の一大搬出地として大いに栄えたから。その米のほとんどは日本へと送られていたという。米穀商や官吏だった日本人の豪邸(見学できる家もある)あるいは長屋がそこかしこに残っていて、夜に旧市街の路地を歩くと日本の商店街かと錯覚する。街についてはまたあらためて書きたいと思うので、まずはブックフェアのことを。
翌8月31日の朝、快晴。会場は新市街(と勝手に思っている)の群山会館。クロアチア国旗のような大きな垂れ幕が出迎えてくれる。大きな劇場のような空間で、階段側に18ブース、低地フロア(ステージ側だろうか)に82ブースの合計100の出店者が続々と準備を始めている。もとは1989年に「群山市民文化会館」としてオープンした文化複合施設だが、2013年に開館した「群山芸術の殿堂」に機能が移され人口減少とともに放置されていた。それをリノベして再び開こうとするちょうど良い時期にグァンチョルさんの移住は当たっていたようで、リオープンのために策定された群山市の文化予算のうち8000万ウォンの支援を受けることになって一気に事が進んだようだ。
会場で配られているパンフレットの「歓迎の言葉」にはこうある。
「群山ブックフェアに参加する出店者は、商業出版、独立出版、セルフパブリッシングすべてについて規模に関係なく、一定部分、韓国の出版文化をリードしていくプレーヤーたちです。制度圏出版界と独立出版領域で、出版コミュニティの中には属さないけれど、自分たちだけの出版実践を通じて大衆とコミュニケートしようとする人々が布陣しています」
そもそもは2023年9月、グァンチョルさんが制作した『群山書店地図』をきっかけに市の書店主たち(そこには有名な「マリソサ(茉莉書舎)」も含まれる)が集まり、先の「群山本の文化発電所」を結成したことに端を発する。そこで彼が「群山ブックフェア」の構想を切り出した。正式オープン前のGraphic shopで翌月10日ほどにわたり「閲覧室/会議室」という名のトークイベントが開かれ、そこでブックフェアについての議論が活発化していった。街の地図上の本屋たちが動き出し、またあらたな本の地図を描きだしていく。その時点で開催まで1年を切っているが、実際の準備は今年に入ってからだろう。韓国の人たちのスピード感にはいつも驚かされる。
スローガンは「Books For Sale/Sail For Books」。「本の販売」だけでなく、本をめぐる多様なプログラム(トークや対談、ワークショップや展示)による「本の探究」が、港町から漕ぎ出る帆の風を受けている。本屋B&Bのブースを手伝うことになっている僕はさっそくダンボールを開けて本を机に並び始める。ASIA BOOK MARKETチームはフロアの中ほどに仲良く一列に並んでいて、その両端には台北の本屋moom bookshopと京都のホホホ座浄土寺店(山下賢二さんwithソウル留学中の娘さん)がそれぞれに。1台だけ主催者から貸してもらえたクレジットカードリーダーがこの列を激しく行き来することになったので、この並びはとてもよかった。独自に申請していたポポタムの大林さんは階段側。「私的な書店」のジョンさん姉妹、Workroom Pressのパクさん、UU プレスのチョさん、チョクプレスの二人などなど、顔馴染みも見える。
初日は11時のオープン直後から来場者が続き、フロアも階段も人でみるみる埋まっていく。入場は無料ながら「開票結果」が気が気でならなかったであろう運営のグァンチョルさんたちのほっとする顔が浮かんでうれしくなった。前例なき地方都市での初開催のブックフェア。来場者はほんとうに老若男女で家族連れも多かったのがUnlimited Edition(こちらは20〜30代らしき女性が圧倒的に多い)との違いだと感じる。が、地元の方々だけでなく、ソウル(や釜山からも)など近郊の都市から来ている人も多く、それだけこの取り組みが注目されている証だとも言えた。Your Mindのイロさんも来てくれて「ブックフェアは出店するより客としてくるほうが楽しいですね」と笑う。後日訪れたソウルでもブックフェアのポスターは書店各所に貼られていた。
B&Bブースでは『本だったノート』『漫画だったノート』がすぐ売り切れた。”예전에 책이었던 종이를 재활용해서 만든 책입니다(以前本だった紙をリサイクルして作った本です)”と説明すると手に取る人の顔がさらに輝く。もっと持ってくればよかったですね……と内沼さんとは苦笑い。ビジュアル中心の本を各々手配していたこともあるけれど、日本・台湾チームの本は本当によく売れた。初日最後にはどのブースも売る本が20〜30冊ほどのみ。ソウルなど大都市に行かなければ目にしない本(やトートバックなどグッズ)の物珍しさもあったのだろうと思うし、海外からの参加者が僕たち(+ポポタム)だけだったのもあるだろう。翌日もともと遊びに来ることになっていたタバブックスの宮川さんに、「明日売る本がなくなりそうなので、タバの本も持ってきて売ってください!」と急ぎ連絡した。ブースには各冊の日本語の簡単な説明文を書いたA4一枚をあわせて置いていたのだけれど、それを手に持って「これはどの本?」とじっくり読む人が多いのが印象的だった。
合間に会場内の展示を見にいく。地下1階には「가방은 아름답다(バッグは美しい)」という、世界中の本屋のトートバッグ200点を集めた展示。ベルリンのdo you read me?!も京都の誠光社やポポタム、NYのSTRANDもあって、たしかにお店のアイデンティティでもあるトートをこれだけ集めて並べてみれば、そこには世界の多様な本屋の生態系が浮き上がってくる(聞けばグァンチョルさんたちが一点一点買い求めたものらしい。手仕事……)。3階は「열람실 — 2000년 이후 독립출판 아카이브(閲覧室—2000年以降の独立出版アーカイブ」。波打つように陳列された2000年以降の独立出版の本や雑誌は壮観で、ここだけでも一日じゅう見ていられる物量。これもデザイン誌『GRAPHIC』の編集長として長年世界のブックフェアを見て回ってきたグァンチョルさんならではのお仕事だと感じた。場内ではもうひとつ、いま韓国で活躍するブックデザイナーの仕事を紹介した近著『펼친 면의 대화 – 지금, 한국의 북디자이너(広げた面の対話:今の韓国のブックデザイナー)』と連動した展示も行なわれていた。
初日の夜は出店者の参加する交流会。これからオープンするというレストラン+ホテルのフロアを借り切ってお酒やパニーニがふるまわれ(地元有名イタリアンの新店舗だそう)、DJパーティのような楽しさだ。フレッドペリーのポロシャツを着たおじさんのタンテから放たれるディープ歌謡曲が素晴らしく(スナック馬場を思い出すような)、この人いったい何者……と思っていたら、韓国歌謡のレジェンドDJスーパーフライだとのちに大林さんのツイートで知った。そういえばブックフェア会場でずっとかかっている音楽が、テクノやノイズや民族系やらのなかにYOUR SONG IS GOOD feat. Nick Kurosawaの「We're Not To Blame」 や小室哲哉ソロアルバム『Hit Factory』の知る人ぞ知る至高の一曲「South Beach Walk」まで流れてきて、この選曲も只者ではないと思っていたら(これもそのツイートで知ったけど)Helicopter Recordsのパク・ダハムさんが担当していたとのこと(初日はテープ、2日目はライブで)。昼時には地元の超有名(韓国最古!)のパン屋「イソンダン」のあんパンやカレーパンもブースに配られ、こういう”側”の人選や配慮も素晴らしいと思った次第です。
2日目の朝も各ブースでは「エナジードリンク」が2本ずつ待ってくれていた。気遣い(涙)。B&Bブースにかけつけてくれた宮川さんがタバブックスの本を補充してくれて一安心。今日一発目の内沼さんのトーク(内容は「本屋B&Bの12年と最近考えていることなど」)を覗きに地下の部屋に下りると、日曜の11時にもかかわらず100人ほどで満席になっている。この2日間でトークは7本、大邱(テグ)の独立出版社The Pollack、統営(トンヨン)の봄날의책방(春の日の本屋)、THANKS BOOKSのイさん(司会は私的な書店のジョンさん)によるトーク「書店は都市をどのように変化させたのか?」はいつか翻訳が読めたらいいのだけれど。
昼下がりになると隣のIN/SECTSやArtQpie、その隣のホホホ座もほぼ完売状態で、B&B(w/タバブックス)も文字ものの本があと少々、という感じでようやく落ち着いて他のブースを見て回ってみるけれど、場所によってはまだまだ人が通れないほどだった。そのなかで購入した本をいくつかご紹介します。
① ブルドーザープレス「炎のテープ」
ヤバい雑誌「COOL」シリーズを作り続けるヤン・ミンヨンのデザインする「燃えるテープ」(どこに貼っても熱い)と「氷のテープ」(同、寒い) を買ったら「氷のアームカバー」をおまけにくれた(笑)。本じゃないですね。
② チェ・ヨンジュン『LOCATION』
セウォル号沈没事故をテーマにした写真+文集も出していて注目していたAprilsnow Pressから出ていた写真集。写真家が撮影した東アジアの都市の建築とのことだが、グーグル上で見られる建物と同じ画角で撮影された写真が対置されていたりしてなかなかコンセプチュアル。
③ 清水博之『コーヒーを淹れながら聴く音楽(커피 내리며 듣는 음악)』
Workroom Pressのブースで目にして気になっていたが、その後のソウル・ホンデの「雨乃日珈琲店」で清水さんと話していて「最近本を出したんですけど」と出された本がこれで現実一致した。コロナ期に清水さんが店でよくかけていたという音楽を短い文章でたどっていく(和訳冊子付き)。アラブ音楽にソマリランドの歌手、ミャンマー歌謡にGEZANまでのセレクトは清水さんそのもの。最初のEnji『Ursgal』にしてもう打たれまくる。レイアウトも潔い。
18時の終わりが近づくと各ブースは精算をし始める。ちなみに(今さらの説明だけれど)他の出店者もブース代は無料で売上からのマージン上納もなし(なのでグァンチョルさん含む運営側の13の本屋も同じく無報酬のボランティア)。市の予算を得て会場も提供されることのありがたさを感じるが、主催には群山図書館の名もあって、イベントなどについては助成を受けていると聞く。韓国ではこうした公共図書館による書店支援が目立つのが特徴だと思う……などと考えているうちに閉場後、「上を見て!」の掛け声で最後にみんなで「ファイティン」のポーズで写真に収まる。その一枚からもこの2日間のグルーヴの良さみたいなものが伝わってくる。あれこれ片付けていると「おつかれさま」ジュースとともにアンケート用紙(今回のブックフェアについて良かった点や改善点などを訊くシート)が配られて、その側から机と椅子がスタッフさんたちによってテキパキと片付けられて、会場を出る頃には入り口あたりもすっかり元通りになっている、この撤収の素早さにサウダージな無常感も残った。
のちの報告によると2日間の来場者は約6600人。大成功とも言える今回の結果を受けて、また来年も開催される見通しだという。後日のブックフェアのXアカウントにはこんな言葉があった。
「群山ブックフェアの来年はおそらく今年とは大きく違う様子になると思います。 今年の様々な問題点を改善するだけでなく、既存のブックフェアの慣習的な活動を超えて行なうイベントとブックフェアの場所を市全域に拡張する予定だからです」
国内の(合計特殊)出生率が0.72となり、地方の中小都市の23%が人口減少で「消滅都市」の危機にあるという韓国において(ともに2023年の数字)、もちろん一度のブックフェアだけで地元の書店や個人店の経営が劇的に上向いたり関係人口が一気に増えたりすることはないかもしれないが、それでも、ここで本の文化に関わる人たちと行政から支援する人たちの双方に(目線は違うかもしれないけど)、本と出版がなにかを変えてくれるのではないかという確かな信頼と期待のようなものを感じる。それこそが「発電」の源なのだろうが、そんな会場の熱気を冷ますためか冷房の力が強すぎたことだけが今の自分に思い浮かぶ唯一の改善点な気がする……(送風口近くでは毛布にくるまっている人もいた笑)。
この会場で出会ったキュルプレスのス・シンジさん(あの『ミョヌラギ』の著者)と釜山の365日24時間(!)の本屋パンサンチェクバンのキム・ソラさんを2か月後のASIA BOOK MARKETにお呼びすることになった。そして会場出口で車に荷物を詰め込む出店者の方に市内のおすすめの店を聞いて行ってみると、それが群山チャンポンフェスティバル2022優勝の店だった……などと、群山に来なければ結ばれなかった不思議なご縁もたくさんあって、今後もそんな未知へと向けて風に吹かれていきたいと思う。
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