#12 ごめんなさいって言いなさい
母の代わりに私を予防接種に連れて行ってくれていた知人が遊びに来た時のこと。「これで大人しく遊んでて」と母から渡されたのは沢山のマッチ箱。当時は三角屋根のような形をしたマッチ箱などがあり、積み木代わりにと持たされた。傍らで遊んでいると何かの拍子にマッチの先端が別のマッチ箱に擦れ、火がついてしまった。驚いて手を離すとその出来事を見ていた二人は同時に対照的な行動を取った。
「何やってるの!家が火事にでもなったらどうするつもりだったのよ。いたずらしてごめんなさいって謝りなさいよ!」
ヒステリックに叫ぶ母を尻目に知人はゆうゆうと火のついたマッチをつまみあげて吹き消し、私の両手を包み込んで言った。
「火傷しなかった?いいんだよ、ああいう時はすぐ手を離して。だけど危ないから他の物で遊ぼうか」
子供心にこの人は気持ちに余裕があるのだなと感じた。こんな人がママだったら良かったのに。
父の帰宅を待ちわびたかのように母は話を始めた。
「卯月は今日とんでもない悪戯をしたのよ。何をしてママを怒らせたのか自分でパパに説明しなさい。そういえばまだ謝ってないわよね。ごめんなさいって言いなさいよ!」
知人の目を気にしてあの時は一旦、矛を収めた。それで終わりかと思いきや、母の怒りはまだくすぶっていたのだ。事の顛末を知った父は一言
「卯月、火傷しなくて良かったなぁ」
自分の意に反した反応を示した父に、母はますます面白くない。あんな危険な物で遊んだから招いた事態なのに、どうして誰も娘を叱らないのかと言いたげだ。確かに危険なことをした張本人は私だ。でも肝心な部分が欠落している。それで遊べと手渡したのは母自身だということを。