#16 嘘つき
それはまだ一年生が本格的な授業に入る前の辺りに起きた出来事だ。先生が質問を投げかけた。「お父さんやお母さんの名前が言える人」「お父さん、お母さんの年が答えられる人」いつもいつも聞かされているからと自信を持って挙手し、答えた。
「お母さんはハタチです」
教室が一気にざわついた。「嘘つくな」「えーあの子何言ってんの?」先生までも「うん、それは違いますね」と私に腰を下ろすよう促す。事態がのみこめない私は
「嘘じゃない。いつもそう教わってるの。ママの言うことはいつも絶対正しいの。ママは嘘をつかないんだから」
必死に主張したが、その日から私はクラスで『うそつき』と呼ばれるようになった。意気消沈して下校すると母はカンカンに怒っていて
「ちょっと先生から電話かかってきたわよ。ママは顔から火が出そうだった。どれだけ恥をかかされたと思ってるの?謝りなさいよ!」
といつもの台詞が飛び出す。
「お子さんにはきちんと事実を伝えて下さいね。信じて疑わない様子でしたからって。何で卯月のせいでママが他人から嫌な思いをさせられなきゃならないの?早く謝ってよ」
「え?ママはハタチじゃないの?」
「あなたバカじゃないの?ハタチな訳ないでしょう。いい加減にしなさいよ」
「正しいのはママだけなんだっていつも言ってたじゃない。私に嘘をついてたの?」
「しつこい!」
「ママ本当は何歳なの?どうして私に嘘をついたの?」
「なんでそんなこと卯月に答えなきゃならないのよ」
私には社会性が身についていないのだと強く実感した。一斉に批難を浴びたその意味がまるで分からなかった。親がハタチだとどんな問題があるのか。何故それが嘘だと同級生は瞬時に分かったのか。そもそもハタチって何歳なの?その質問にも答えたことがなかった母。聞かれたらそう言えばいいのとだけ言われてきた。
私を支配したがる母は一点の曇りもない完璧な人生を歩んできた人だと信じて疑わなかった。間違ったことは絶対言わない自信があるからこそ『ママは正しい。間違っているのはいつも卯月』と教育されてきたのだと思っていた。実年齢よりもあれほど堂々と私に嘘をつき続けてきたという事実に衝撃を受けた。