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#29 ターゲット

長らく欠席していた私に全てのノートを取っていてくれた女の子がいた。それをきっかけに親しくなり、ようやく学校が楽しい場所にと思いきや一学期を終えた彼女は転校してしまった。そしてタイミングを伺うかのように、あの子が再び登場する。

「最初に仲良くしようと声をかけてあげたのは私なのに、他の子と仲良くなって私を裏切った」と吹聴したのがきっかけで私はいじめを受けるようになった。教科書に落書きされるとか上履きを隠されるとか証拠が残るようなことは一切してこない。では何をされたか。

何もされない。

要するに私の存在そのものを無かったことにするのである。足をひっかけて喜ぶ年齢なんかじゃなく中学生はもっと陰湿でずる賢い。教師の目はきっちり意識しているから、グループ学習などでは普通に会話をしているように見せかけて耳元で嫌味を囁かれる。休み時間や昼食時など教師が居ない時間にだけ完全無視を決め込まれる。当然傍からは誰もいじめに気づかない。こちらから話しかけようものならありえないほど馬鹿丁寧な敬語で返答がある。

いじめられる私に問題があるのだ。だって私は母親からいつも言われてるような何も出来ないダメ人間だから。『何かあったらとにかく謝れ』との母の教えに基づき、事あるごとに頭を下げた。でも状況は一向に改善することがない。そうしたところで誰かが仲良くしてくるわけでもない。私は一体何に対して謝り続けているのだろう。

喘息発作が頻繁に起きるようになった。それでも相変わらず母は病院に連れて行ってはくれない。「治まってる時に病院に行ったって仕方ないわ。だいたい気管支炎なんて病気のうちに入らないのよ。はしゃいで苦しくなったんでしょ」

中学生がひとり家の中で何をしてはしゃぐというのか。

「病院はね、病気の人が行くところなの。卯月みたいに元気な人が行ったら『何しに来たんですか』って文句言われるに決まってる。何度も言うけどママは他人から嫌な思いをさせられるなんて絶対イヤなのよ」

言われてもいないのに結論ありきで行動しないのが母。そのため体育の欠席理由に「軽い気管支炎のようで、走ると苦しくなると本人が言うため休ませてください」と堂々と書いてしまう。勿論診断書なんてない。同級生は当然腹を立てる。

「走って苦しいのは当たり前ですよ。あなたって本当にいいご身分ですよね」

仰る通りです。

そんな時、親しい友達に話しかけるかのような口調で声をかけてきた同級生がいた。ニコニコしながら話しかけられたのが嬉しくて私も笑顔で彼女の言葉を待った。

「ねえ聞いてー!内股で左利きの女の子って身体障碍者のなり損ないなんだって。あーっ!!」

大げさに口を押えてその子は続ける。

「ごめんっどうしよう。本人には絶対言わないようにしようねってみんなで約束してたのに、私お喋りだから言っちゃった!ね、今の全部忘れて。聞かなかったことにして。ね、ね、ごめんね。絶対に気にしないでね。気にしちゃダメだよ」

笑顔で走り去っていく。

話しかけられたと思えばこんなこと。精一杯のダメージを食らわせようと膝突き合わせてみんなで考えた作り話がこの程度の出来栄えか。レベルが低すぎて笑いが出そうだ。

気にかける素振りもない私に同級生たちは拍子抜けした様子。だってね、私は家でもっと辛い思いを抱えながら毎日を生きているんだよ。こんなのどうってことない。残念でしたまたどうぞ!という思いしかなかった。


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