【詩】寄り道
寄り道
緊迫したミーティングを終え
オフィスに戻ろうと乗ったタクシーは
月末と秋雨が重なりなかなか進まない
霧のベールは色づく街の鮮やかさを覆い
頭の中のナビも抜け道を探せない
スマホが鳴った
特別なクライアント専用の着信音
急ぎの事案が発生した知らせだった
直ぐにオフィスに連絡を入れ
詰まったスケジュールの調整を手配する
道は相変わらず運転手をうんざりさせたままだ
オフィスまで歩いて10分ほどのところで
思い切ってタクシーを降りた
雨は傘で防ぎ切れずに手足や顔に降りかかる
水滴は私の上に落ちた途端
強い風に力をもらって冷たさを増す
ビジネスバッグの重さを再認識させられながら
早足で歩き続ける
あと3分位で到着する......
「ハンドドリップ」と書かれたレトロな看板に誘われ
思わず通りすがりの喫茶店に立ち寄った
美味しいコーヒーで自分を仕切り直したかった
一杯目は自分を温めるためにカップを両手で包み
火傷しそうな舌と咽のことは意識から遠ざけ
ほとんど一気に飲み干した
少し落ち着いてからお代わりを頼んだ
ウインクに近い微笑みを湛えたウエイトレスが
他のテーブルを片付けながら囁くように言った
「今 落としていますので少々お待ちください」
カウンターに目をやると
中年男性がひとりで洗い物をしていた
コーヒーメーカーを使っているのだろうか
できれば
橙色系で底の方にちょっと焦げ目をまとった
口の細いやかんを手に
少しずつ丁寧に熱湯を注いでいる人の姿が見たかった
そういう心の込め方が私に元気をくれるのだ
早く席を立ち
次の目標に向かって
傘を広げようと思った
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