星野富弘の詩に想う、クリエイターの哀しみ
**二番目に言いたいことしか
人には言えない
一番言いたいことが
言えないもどかしさに耐えられないから
絵を描くのかも知れない
うたをうたうのかも知れない
それが言えるような気がして
人が恋しいのかも知れない **
** むらさきつゆくさ /星野富弘 **
この詩は、多くのクリエイターの心を代弁していると思っている。
デザイナーも小説家も建築家も、多くのクリエイターは皆、作品が『自分が一番言いたいこと』を語ることができる唯一の手段であるような気がして、作品を作り続けているのではないのだろうか。
だけど情報化社会の今、ある程度作品を作り続けたら、今度は、大きな声で『自分が一番言いたいことを語れる技術』が必要とされる。
上手く語れないからクリエイターになったような人は、どうしたらいいのだろう。『発見』されることをただ待つしかないものか。
そんな哀しみに手を差し伸べたい。
その為に、編集者やライターがいる。
でも同時に、私も一人のクリエイターでもある気もする。忙しいな。
秋の夜長に、独りごちてみる。
あっ、ただのボヤキです。呑もうかな。
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