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『正しい』は、正義なの? 祝婚歌から学ぶ正しい取り扱い方

自分にとっては、疑いようもない『正しい』ことを言うことで、知らないうちに子どもを傷つけているかもしれない。
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吉野弘さんの『祝婚歌』と言う詩にこんな一節がある。

正しいことを言うときは
少しひかえめにするほうがいい
正しいことを言うときは
相手を傷つけやすいものだと
気づいているほうがいい  祝婚歌/吉野弘 より

夫婦のあるべき姿として有名なこの詩は、2015年にNHKのクローズアップ現代「“いまを生きる”言葉 詩人・吉野弘の世界」で取り上げられたことで再び多くの共感を呼び、吉野弘作品が掲載された詩集を扱う出版社には問い合わせが殺到したそうだ。

戦後の混迷した世の中から生まれた詩だけど、この詩は、豊かになったはずの現代で再び人々に求められている。

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ニュースを見れば毎日のように扱われている、失言した政治家や有名人に対する激しい批判やSNS炎上劇… コメンテーターや識者は、みんな一様に『正しい』ことを言う。

「疲弊する社会の中でみんな不満や悲しみを抱えきれなくなっているのだろう」と、私はどこか他人事のように見ている。

SNSにより無名の個人が意見を主張することが容易になって、そういった不満や悲しみは共有され、拡散され、誰かの救いになることもある。多くの共感を生む『正しい』意見を発することで、世の中に自分の存在感を示すことだって出来る。一方、善悪抗争に負けた『正しくない』は、ともすればやり込められ、攻撃されることもある。

そういう出来事は、大人の世界ではもはや日常茶飯事だが、同じように息子の幼稚園でも毎日のように繰り広げられている。

『○○ちゃんが、廊下を走ってる!』
『あっほんとだ、先生!○○ちゃんが廊下走ってる!』
『いけないんだー!』

そんな言葉で、幼稚園がなんの悪気もなく善悪をふりかざす。

かくいう私にも、もちろん経験がある。
いや、私の方がよっぽど罪深いのかもしれない。

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息子が2歳の頃、お友達を叩いてしまったことがある。

「なんてことするの!」「泣いてないで、まず謝って!」

私はその場で圧倒的な『正しい』を振りかざし、自分のフラストレーションを子どもにぶつけてしまった。
子どもにとって親の私は、圧倒的な『正しい』である。子どもにとっては、私が言うことが世の中の道理の全てなのだ。親の私が言う、それだけで圧倒的に強い言葉として胸に響くはず。
それなのに、息子に追い討ちをかけるように批判する。
私の『正しくない』に対する怒りは帰宅しても収まらなかった。

『お友達を叩いたらダメって何度も言ってるでしょ! どうして分からないの?』

息子は、ただ泣くことしかできない。

あれ、これニュースで見た光景と同じだ。

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誰だって失敗する。誰だっていつも正しいわけじゃない。
正しいと分かっていても、出来ない時もある。

息子に『正しいこと』を教えるのは私の役目だけど、一言だけ目を見て優しく教えてあげれば子どもだって分かる。
それだけ『正しい』は分かりやすい。

あとは、待つだけ。辛抱強く待つだけ。分からなければ、何度も優しく教えてあげたらいい。それ以上の言葉は、想像以上に傷つける。

息子は、何度となく私の言葉に傷ついたはずだ。まだこの世に生まれて数年の、家庭と公園が世界の全てだった彼にとっては、私が唯一の正義である。

そう、彼の中では『正しい』が正義なのではなく、親である私が正義なのだ。

私は息子に正しく生きることだけを、教えたいわけじゃない。豊かに生きることを教えたい。正しく生きることはその手段に過ぎない。

それでも、私はこれからも失敗するだろう。だからこの詩を、『善悪を超えた優しい物差し』として片時も離さず持ち続けていたいと思う。

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最後に、祝婚歌の全文を掲載しておきます。

祝婚歌/吉野弘 「二人が睦まじくいるためには」 より

二人が睦まじくいるためには
愚かでいるほうがいい

立派すぎないほうがいい
立派すぎることは
長持ちしないことだと気づいているほうがいい

完璧を目指さないほうがいい
完璧なんて不自然なことだと うそぶいているほうがいい

二人のうちどちらかが
ふざけているほうがいい
ずっこけているほうがいい

互いに非難することがあっても
非難できる資格が自分にあったかどうか
疑わしくなるほうがいい

正しいことを言うときは
少しひかえめにするほうがいい
正しいことを言うときは
相手を傷つけやすいものだと
気づいているほうがいい

立派でありたいとか
正しくありたいとかいう
無理な緊張には
色目を使わず

ゆったり ゆたかに
光を浴びているほうがいい

健康で 風に吹かれながら
いきていることのなつかしさに
ふと 胸が熱くなる
そんな日があってもいい

そして

なぜ胸が熱くなるのか
黙っていても
二人にはわかるのであってほしい

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生前に吉野さんはこの詩を、著作権がかからない民謡になぞらえて『民謡みたいなものだ』とおっしゃっていたそうです。素晴らしい。

#子育て #育児 #詩 #吉野弘 #エッセイ

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