PNMJ [全8話]
はじまり
じいちゃん、俺はまだまだだったよ。
自分の手渡すものだけで完成させようとしてさ。
受け取る人の力を信じていなかったんだよな。
☆☆☆☆☆☆☆☆
17歳の夏、俺は学校を辞めた。
どうして?とか なんで?とか、いくつも
繰り返される質問にその都度出まかせを言った。
話している最中から、嘘の匂いがした。
俺が1番、俺を知りたい。
ある日、学校にいる自分が新聞紙の中にいるような気分になった。
目に見える景色は、全てグレーでくすんでいて
全てが少し前のようで、自分だけ取り残されたような気持ちだった。
生きているのかな? 死んでいるのかもな。
自分には 今 はない気がしたんだ。
ぼんやりと生きる虚ろな俺は、危なっかしくて
愛情のかたまりでできている両親は、
揺れ動く感情に溺れていた。
諭しても、なだめても、誤魔化しても。
怒鳴っても、優しくしても、泣き崩れても。
俺は自分で自分を閉じ込めた、新聞紙の世界に
生きていた。
父は言った。
お前、とりあえず、じいちゃんとこ行ってこい。
父は、その言葉を自分の心の奥底にある宝箱から
取り出してきたように見えた。
じいちゃん。と言われたら、俺が動き出すのを知っていたんだろう。
じいちゃんは、都心から少し離れたベッドタウンと呼ばれる地域に暮らしていた。
最寄駅は、急行も止まる駅でそこで店をしていた。
改札口を出て正面の少し左に、じいちゃんの店が
ある。
じいちゃんは、氷旗に半紙を貼り付けて看板がわりにしている。
半紙には、墨汁で 汁(じる) と書かれている。
じいちゃんの店は平たく言うなら
ジューススタンドだった。
果物や野菜のミックスジュースを出していた。
「じいちゃん、そのうち詐欺だと言われるよ」
店の脇の入り口の扉を開けながら、
中で新聞に目を落とすじいちゃんに声をかけた。
俺は看板がわりの旗から、剥がれかけた半紙を
指差して、セロハンテープを探して貼り直す。
「心配すんな。氷くれと言われたらやってる」
じいちゃんは、新聞を読みながらそう答える。
女子高生が、かき氷屋だと思ってやってきて、
カップにただのロックアイスを山盛りもらっても
困惑するだろうな。
「りょうた、学校辞めたらしいな。」
じいちゃんは、新聞はたたんでいた。
「うん、あのさ…」何度も反芻した、じいちゃんへの言い訳を口から滑り出させようとした瞬間。
「ちょうどよかったよ。お前にこの店やるよ。」
じいちゃんは、まっすぐ俺を見ていた。
「えっ?じいちゃん、俺さ、あのさ」
俺は思いもよらない展開に、頭も口も追いつかない。
「りょうた、俺はさ、孫に嘘なんかつかれたら
消耗するわ。辞めた理由なんか、お前が1番知らないだろうよ。年寄り舐めんなよ。」
じいちゃん…。
やべえな、やっぱり。
俺は、ゆっくり息を吸って吐き出す。
じいちゃんから今渡された言葉を繰り返す。
「俺がこの店をもらうの? 汁の店?」
「そうそう。お前することないし、いいだろ。
お前は学校辞めたし、俺はそろそれあれだ、
人生辞める準備だし。」
軽々しく言っていたが、じいちゃんは本気だと
わかった。
気のせいかな。店にある野菜の色が
ぐっと浮き上がるように鮮やかに見えたんだ。
2話
3話
4話
5話
6話
7話
8話 最終回
創作大賞用に、再構成しました。
もう一度、一緒に走ってくれた仲間に。
はじめましてで読んでくださった方に
心からお礼を申し上げます。
お付き合い頂きありがとうございました😊