先生、私を卒業させます(創作)4話
4話 校長、近田先生のあれは演技です。
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椿山中学校のモットーは自主自立。
これからの時代は、あなたたちが考えて発信して
新たな価値観を創造することが求められます。
既存のルールや慣習にとらわれすぎず、自分に生まれるイメージやこだわりを自由に表現してほしい。私はそう思います。
と、小山田校長は5月8日の朝会でそう仰られましたよね。
ハムが一言一句淀むことなく、その校長先生の言葉を繰り出したのがカウンターでヒットした。
運動会の生徒会企画は、部活動対抗リレー
私たちの要望は許諾され、椿山中学校の一大イベントである運動会で行われる生徒会企画、部活動対抗リレーは競技として認められた。
部活動対抗リレー。各部活がその特色を活かし、
ユニフォームや、コスプレをして走る。ゴールの順位も得点に繋がるのだが、コスチュームや
アピール性、ストーリー性など、様々な観点で
観客から審査してもらう。総合的な加点で優勝は決まる。
優勝した部活には、夏休み練習中に教頭先生からアイスの差し入れ、冬の寒い練習後に校長先生から、コロッケの差し入れ(学校前にある肉のまるよしの絶品コロッケ)が副賞として送られる。
学校で食べるアイスとコロッケにかける熱意は
中学生にとって半端ではない。
みんなが一丸になって盛り上がるリレーだった、
昨年までは。
昨年、水泳部のアンカーだった京子先輩の水着で
走る写真で商売をする輩が現れた。
他校の生徒に500円で売りつけた転売ヤーが現れ、息子の部屋にある写真を見つけた親からの連絡で明るみになった。綺麗にパッケージされて、500円の値札付き。
京子先輩は水泳でも数々の成績を残していたし、
椿山のヒロインと呼ばれるみんなの憧れだった。
写真を撮影したあやめ先輩は、京子先輩の親友で写真部の部長だった。
あやめ先輩が現像した写真のうち一枚がないと気づいた時には、もういろんな人の指紋や作為がついていた。
あやめ先輩は、京子先輩に悪いと思い詰めて学校に来れなくなった。
京子先輩は堂々としていた。
ここでへたるようなら水着で走らんわ。と言った。
傷ついてるとか決めつけないでほしいわ。と言った。
あやめ先輩は、その後しばらくして学校に戻ってきた。
京子先輩は毎日迎えに行って、帰りにはうちに上がってなんならご飯もご馳走になっていたらしい。
あやめがさ、私の茶碗で当たり前にご飯食べんな。っつて、出てきた。と京子先輩は笑った。
京子先輩は、卒業式で私に囁いた。
陶子、多分次の運動会で、部活動対抗リレーは中止かもしくは見直しを迫られるはずだ。
京子もあやめも傷ついた。あんなことが二度とあれば困るとか言ってくるぞ。
陶子。みんなの楽しみや青春が奪われそうになったら、蹴散らせ。
水着で走らせろって暴れろよ。
何回でも言うぞ。
自分の水着の写真が500円で売られたことに、胸は張っても、傷ついてはいやしない。
そういう多感じゃない女子中学生もいるんだよ。
あやめのためにも、頼んだぞ、陶子。
脅すような、切迫するような低い声で、最後は笑いながら言った。
私は泣いた。絶対やります。
京子先輩との約束は絶対だ。あんなかっこいい人は裏切れない。
私達は、私達の胸の高鳴りを死守しなければならない。
ワクワクしない運動会なんてつまらない。
私は校長先生に、部活の特色を活かしたリレーが生む、チームワークを高める意義や運動会の団ごとの競争以外にもみんなで楽しめる取り組みとしての有益性を語った。
衣装やコスチュームで文化部とコラボをすることや、今は学校に来ていない仲間が参加できる仕組みも提案した。
校長はなかなかいいアイデアだが、やはり水泳部の水着がね…と口を濁した。去年のような問題が起きないとは言えないだろう。と。
そこに、舞子が食い込む。
水着がいやらしいと校長先生は仰っていますよね?ナンセンスです。あれはユニフォームです。
校長、ユニフォームは、どのユニフォームもいやらしいと思えばいやらしいじゃないですか。
撮影は今年も写真部に頼みましたが、現像管理は
顧問の先生2人がダブルチェックしてくださいます。
近田が大きく頷く。
たしかに、木更の言う通りですよ、校長。
ナースとかセーラー服とか、なんなら全部エロいです。
近田、余計なアシスト。
校長先生が近田を注意し出す始末。
そこに、ハムだ。冒頭のあの校長の挨拶を丸パクリして、ですよね。だ。
近田への失望から、優秀な副会長の発言は光輝いた。
最後は、
君たちにまかせよう。近田先生のことも頼むよ。と校長先生は笑った。
校長室から頭を下げて退室する。
そんな必殺技あるなら、先に言ってよね。
私と舞子が、校長室を出てすぐにハムの両脇に立ちそう囁くと、ハムは涼しい顔で言った。
あのね、青柳の具体的で有意義な主張と、木更の無駄にパンチのある意見の後だから、俺の冷静な正論が響いたんだよ。
俺のダメ教師ぶりもよかっただろ。近田が微笑む。
あれ、本音だべ。全員が思っていたが黙って頷いた。
何はともあれ、部活動対抗リレーはみんなが楽しみにしていた伝統競技で、私たちはそれが実現できることに心底ほっとしていた。
望月、驚くよ。ハムが珍しく浮足だっていた。
青柳、俺のあれは演技だぞ。お前、まさか本気にしてないよな?
近田は、汗汗しながら私に話しかけるが、私はノールックで、にしては、神がかり的なうまさでしたね。と感想を口にする。
舞子は、俳優になればよかったね、ちかっちょ。と続ける。
おまえらー、俺、職員室帰れないぞ。どうしてくれるんだ。
校長、近田先生のあれは演技です。
なんて言わないよ、絶対。と心で呟く。
私達の運動会がはじまるよ、京子先輩。
見出し:くまさん作
イラスト:着ぐるみさん作
挿絵:微熱さん作