先生、私を卒業させます(創作)6話
6話 陶子、それって奇跡だよ
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望月に彼女ができた。
体育祭の盛り上がりの後、夏休みを終えて新学期が始まると、望月は剣道部のゆみちゃんと付き合っていた。
寝耳に水。とはこれか。
2人は別にイチャイチャベタベタもしていない。
ただ、生徒会の終わる頃に、ゆみちゃんが生徒会室に望月を迎えに来るようになった。
中学生の付き合うとは?
登下校を2人ですることにほかならない。
もうすぐ終わるかな?と小首を傾げて尋ねるゆみちゃんに、
もうすぐだよ、待っててね。と笑顔を見せて
望月、あとやるからいいよ!と優しくする自分に何故だか無性に腹が立っている。
悪いな、青柳サンキュー!と片手を上げて出て行く望月を見送るところまでは、友人として礼儀正しく振る舞うことができるが、その後急速に心が冷凍され、スイッチがオフになる。
私が望月を好きで、ゆみちゃんも望月を好きで、望月がゆみちゃんを好きな現実をいまだ受け入れることができない。
陶子、無理して笑わなくてもいいんだよ。
舞子が言う。
痛々しい。実に切ない。とハムが嘆く。
いいなあ、青春だなあ。望月の幸せは俺の幸せだ!と近田が微笑む。
1人だけテイストが違う。近田は望月の交際発展を望月より喜んでいた。
舞子が近田に言う。
ちかっちょ、私の殺意が今、すくすくと育まれているから職員室に戻ろうか?
近田は目を見開き、舞子を見ると
そんな手に余るものを身体のうちに溜めては良くないぞ、木更。俺が話を聞く。
熱血教師ここにあり。の風を吹かせるが、誰の心もなびかない。
舞子は黙って、近田の手をひき廊下に連れ出して、では、また日を改めて。ちかっちょ、今度ちゃおと、花とゆめも貸すね。と言いきかせながら職員室に連行した。
ハムが、青柳やるか?と言う。
お願いします。と陶子は言った。
近田を職員室に送り届けた舞子が帰ってきた。
3人になる。
では、これから心の断捨離を始めます。
陶子は、最近心を占めるゆみちゃんへの恨みつらみを持て余している。
望月がゆみちゃんを好きなことで、今までなんとも思っていなかったゆみちゃんの悪いところや嫌なところを見つけて拾い上げては、ぐちぐちネチネチと育ててしまう。
燃やすことも投棄することも出来ず、楽しいや面白いを感じる心のスペースまで侵食されている。
そのため、2人からゆみちゃんの良いところを徹底的に褒めてもらう。という方法を思いついた。
名付けて闇を光で相殺!心の断捨離大作戦。
ちなみにハムは失恋癒しセミナーと呼んでいた。
まずハムが言う。
田所(ゆみちゃんの苗字)は、マジ優しいよ。俺の消しゴムが小さくて消しづらくてポロポロしてた時に、良かったらこれ、使ってよ。と消しゴムを貸してくれたんだ。それが、新しくないんだよ。気遣いがすごい。
なるほどー。新品の角っこを最初に借りるのは気がひけるが丸くなってるやつなら、借りやすい。
続いて、舞子。
ゆみちゃんはさ、さりげなく周りをみているんだよね。前に、体育の後に私が膝を少し擦りむいてた時にさ、よく洗ってから貼るといいよ。って絆創膏くれたんだよ!絆創膏を生徒手帳に常備できるってどうよ!ラブよね。
確かに。絆創膏、カバンに入れとこう。
その後も2人はゆみちゃんの可愛いところや素敵ポイントを列挙する。
ゆみちゃん、いい子だよね…。となる。
望月がゆみちゃんを好きになったことを、徐々に受け入れていくしかないのだ。
ぽろ。ぽろぽろぽろ。
涙が出てきた。失恋したら泣くものだ。という刷り込みか。別に悲しくないと強がるも、ぽろりとこぼれて止まらない。
鼻水も垂れそうで鼻を啜る。
舞子が隣で背中を撫でる。ハムがポケットティッシュを机に置く。
恋ってうまくいくしかないと思っていた。
片想いって必ず両思いになるって思ってた。
しゃくりあげる私に、
陶子、どんだけ前向き?と舞子が囁く。
青柳、人生はそんな単純じゃない。とハムが呟く。
2人は両思いは奇跡だと口を揃える。
好きな人が自分を好きだなんて奇跡なんだよと話す。
じゃあさ、ひぃっ。
これも奇跡だね。ひぃっ。しゃっくりのような変な引き音をだしながら、私は2人を見る。
舞子とハムがわたひぃの隣にいてくれるのも
ひぃっ、奇跡だよね。
そうだね。私は陶子が好きだし。
陶子も私が好きだもんね。舞子が頭を撫でる。
うん。俺も青柳は大切な友達だ。
青柳も俺が大切な友達なら奇跡だ。
ハムは目線を合わせて、恥ずかしがらない。
こんぐらい泣けば失恋ぽいよね。と私が言うと
充分じゃない?結構失恋を堪能したよねー。流石にゆみちゃん褒めるのも疲れたわ。と舞子は吹き出す。
途中、俺、ちょっと田所とのエピソード盛ったしな。とハムがカミングアウトする。
報われない想いもある。
伝わらない気持ちもある。
通じ合えなかった気持ちは断捨離するしかないけれど、拗らせて大きくなったわだかまりも、
仲間がいれば外に運び出して、涙で流すこともできると知った。
ひとしきり、泣いて笑って、目元は腫れているがお腹は空いた。
2人とも、ママのお店に寄っていってよ。ママにさ、なんか奢ってもらおう!陶子の明るい声が響く。
セミナー料払ってもらお!ママにお願いする!と陶子が胸を張る。
やったー!舞子とハムが喜んで歓声をあげた。
陶子のママ、虹子(にじこ)は、商店街のペンギンカフェの脇で、健全スナックおひさまという店を経営している。
スナックに健全の意味は不明だが、夕方は近所の小学生の寄り道場として、ママは宿題を見たり悩み相談をしている。
3人が生徒会室を出て廊下を歩いていると、近田が前からやってきた。
終わったのか、話し合いは?
はい、これから陶子のママのお店でお疲れ様会です。
舞子の口を塞ぐのが間に合わなかった。
そんなことを言ったら…。ハムと陶子が目を合わせると
えーっ!!俺も疲れてるー!!と近田が挙手をした。
青柳んちに家庭訪問だな!!と盛り上がっている。
俺も仕事終わったし、玄関で待っててー!!と荷物をまとめにいった。
舞子。どうすんだ!?
陶子とハムに挟まれた舞子は、よその方角を見ている。
あの人も、陶子と同じだしさ、失恋仲間じゃんか。虹子ママは喜ぶよ、ちかっちょ好きじゃん。
舞子は悪びれずしれっとしていた。
そっか、先生、私に失恋してんのか。陶子は自分の望月への気持ちと、近田の陶子への気持ちが同じものとは思えなかった。
自分のだけが特別でキラキラしてふわふわして
良いものみたいに思っていた。
近田の気持ちなんて、考えたことなかったな。
なんとなく今までみたいな冷たい言い方はよくないな。と漠然と思った。
陶子はその日。
スナックおひさままでの道のりに、近田がずっと車道側を歩いてくれたことや、腫れぼったい目元の違和感に一切触れることなく、相変わらずつまらない無駄話を全力でする真面目さに、気づいてしまった自分に戸惑っていた。
ただいまー、ママー、ごちそうしてー!
カランコロンカラン
元気よく屈託なく声を出したのは、だから照れ隠しなのかもしれない。
協力:見出し くまさん
イラスト 着ぐるみさん
挿絵 微熱さん
(続く)
お気持ちありがたく頂戴するタイプです。簡単に嬉しくなって調子に乗って頑張るタイプです。お金は大切にするタイプです。