元気になったらさようなら
お客さんとさようならをした。
私の今までのさようならは、たいていちらっと
空を見上げてみたり、電話口で頭を下げながら
聞こえてくる声に必死にお悔やみの言葉を
自分の言葉に置き換えていく中で実感する
ことが多かった。
もちろん、お顔を見たり、お線香をあげることも
ある。ただ、さようならはどちらかというと、
寂しさとか苦さとか心残りが色濃いことが多い。
今回のさようならは、ハツラツとしていた。
出会いから、サプライズが多かった。
病院で出会ったのに、なんだか帰る時に
ウキウキした。あんな趣味初めてきいた。
エネルギーのある人特有の屈託のなさにも
癒された。
私、かなり元に戻ると思うんだよね。
その人は動きにくい半身を、大したことないと
私に話した。
片方の体が麻痺しても、病気の程度によるが
リハビリへの意欲でかなりの段階までは回復が
可能だと、その人は夏から冬にかけて私に
じっくり教えてくれた。
退院して自宅に帰り、旦那さんを
立派な家庭料理人に仕上げた。
細かに指図をだして、時に喧嘩もしながら、
自分の味を旦那さんに継承した。
1人の時間は録りためた、韓国ドラマに夢中に
なったり、クロスワードパズルに取り組んだり、
お友達とおしゃべりしたり、病気を発症する前と
それほど変わらない暮らしを続けていた。
私達が、難しいと感じていた生活の課題を
一つずつクリアしていく。
介護サービスを減らしていき、必要なものは
もはや週1回のリハビリだけになった。
介護保険の更新を迎え、彼女は要支援認定が
おりた。
要介護状態を卒業した彼女。
彼女の担当は私から包括支援センターに
移行することになった。
最後の訪問時、真新しい機械が目に入った。
あれ、これ?と私が言うと、
私にもサンタクロースがきたんだよ。と笑った。
80歳手前でもいい子にしてるとくるんだよ。
彼女が手にしていたのは、任天堂Switchだった。
無類のゲーム好きの彼女は、それまで
お孫さんのお古の携帯ゲーム機とカセットで
果敢に冒険や戦いに挑んでいたが、
晴れて、自分の新しい機器を手に入れた。
初めてあったとき、前みたいにゲームしたい
んだよね。左の親指が動かないと困ると
そう話した。
あの日、だらりとしていた親指は、微かであるが
関節の曲げ伸ばしが目視でも確認できる。
今、何してるんですか?
桃鉄。ビンボー神に積み重ねた財を奪われた。
と話した。悔しそうだった。
あまりに面白くて、韓国ドラマも見ていないと
話す。
愉快な気持ちになった。
私はゲームに疎いが、桃鉄はかすみさんがnoteで
教えてくれたから、話を合わせて盛り上がることができた。
もう、左の親指は、桃太郎電鉄で旅をするに
それなりの働きをしている。
もう会わない方がいいですね。会う時は介護が必要な時だから。
と私が言うと、
元気になったからね。と笑う。
でも、もしまた困ったら、必ず連絡してくださいね。
うん、本当にありがとうね。
私の方が困っている。
美味しいお豆の炊き方や、白菜とツナのサラダの
作り方や、お墓の話や、嫁姑の攻略法とか
いろんないいことを教わったから。
さよなら。どうか転ばないように。
さよなら、あなたも元気で頑張って。
寂しさよりも。
胸にあるのは明るい爽快感だった。
元気になったらさようなら。
私の仕事、いいとこあるじゃん。