[白4企画応募] 桃の子
おまえの知っているやり方ではない。
と言われた。父は誠に実直である。
母親は、桃だという。比喩ではない。
果実の桃である。
季節になると、バスツアーでもぎたて食べ放題が謳われる、あの桃である。
日に当たりすぎると、皮膚が痛みやすいのも
ちょっとした嫌味に心がジュクジュク膿むのも
だからまあ、母親似なんだろ。と父は言う。
古から伝わる昔話に似ているが、なんとなく生々しく胡散臭いのは何故だろう。
桃とハーフ。自分の生い立ちが心底「月刊ムー」である。
物心がついた時から、母親はいなかった。
仏壇に写真はない。ただ桃の缶詰が供えられていた。
父は仕事が忙しいと言って、ほとんどうちにはおらず、祖父母に育てられた。
生きて育てば御の字。というおおらかな教育思想で、特別窮屈も卑屈もなく、反抗も非行もなく僕は18歳になった。
そして今、実の母は桃だと打ち明けられている。
選挙権が届いたよ。とばあちゃんに言われた次に、おまえの母さん、実は桃だよ。はないだろう。
自分の構成要素として、桃よりも人間味が強いのはなぜか?とか、そもそも桃とそうなってああなってこうなるのはどうして?とかいろいろ質問はあるが、父はその辺りを詳しく説明する気はないようだ。
おまえさ、普通、親のちょめちょめ詳しく聞いたりしないだろ。野暮だよ。父はそう言って顔を顰めた。
多分、本人も実のところからくりがよくわからないのではないだろうか。タバコの煙で僕を撒こうとしているのがわかる。もくもくしすぎだ。
おまえの知っているやり方ではないし、
おまえが思うより世界は神秘だし、
おまえが考えているよりいろいろあるぜ。と言った。
地に足のついてない言葉の羅列は、捉えどころがなく揺蕩うも、確かにそこにあるものに感じた。
そして、母さんは本当にいい桃だったよ。としみじみと言った。
ばかやろうだな。と感じたが、母親がいい桃であることはなんとなく誇らしく、果汁が褒められた気がする。
この数時間で僕は、自分に流れるのが血だけではなく果汁であることに対して、言いしれぬフレッシュを感じている。
桃から生まれたから桃太郎って安直だな。
僕は父に悪態をつく。
ああ、あいつが言ったんだよ。
犬にマシュマロとか名前つけるみたいなの勘弁してよね。って。
出自と存在はまるごと認めて欲しいわって。
強欲でさ、割に優しい桃だったんだよ。
桃と言語コミュニケーションが可能だということへの驚きより、母が気の利いた桃であることへの敬意が上回る。
有名なトマトが、俺と同じ名前なことを知ったら多分怒り狂うのだろう。強欲で優しくて、ひねくれた桃だったなんて。ほんのりと誇り高い。
桃から生まれたってことは、おまえさ、なんとなくわかるだろう?
ああ。あれか。
テレビには、鬼塚総理が映る。
いろんな疑惑、いろんな不正、それを匂わす限りない噂。
それでも、ああして威風堂々と口から出まかせのような耳障りの良いセリフを並べ立てているのは、いかにもではある。
出自と存在。
古の島があった場所にそびえるのが、かの国会議事堂であるとかないとか。
昔、あるところに。
僕の物語はいつか語られるものに、果たしてなるのだろうか。