1回、キスしてもらえませんか？(4話)

4話　海都の場合

最中は想像以上にダメージを受けていた。

2番目の候補である山城課長はステイして、まさかの裏の手を使った。

3番目に安牌を用意していた。

自分に甘いのだ、モナカだけに。

木嶋　海都は、とにかく優しい。今まで最中を邪険にしたことは一度もない。

最中ちゃんはしょうがないなあ。と言って、自分の大好きなクリームパンを半分こしてくれるような慈悲深さもある。

但し、海都は8歳。圧倒的年下。いいのか、禁断だぞ。出るとこ出たらお縄だぞ。

海都は、最中の職場の先輩である木嶋さんの息子にあたる。

木嶋さんが、結婚して出産して育児をするその一連を、最中は見つめてきた。

木嶋さんは、独身時代はふんわり髪を巻いて、控えめなネイルをして、少し変わったデザインのスカートを履いていた。

木嶋さんの髪は徐々に短くなり、メイクはだんだん薄くなって、爪か？伸びたら切る。と端的に語り、色の濃いパンツしか履かなくなった変遷を隣で見てきた。

木嶋さんはそんな自分を嘆いたり、不満を言うことはなかった。

「最中よ。私は今、余分を削ぎ落とし進化の途中ぞよ。」と達観していた。

木嶋さんにはどこか教祖のような佇まいがあり凄みがあった。

子育てに消耗するなかれ、これは投資だ。と言い、最中も巻き込まれた。

「海都は、社会の宝だ。最中。社会の宝を貸してあげよう。」と重々しく木嶋さんから告げられ、最中に海都とお子守りグッズを手渡すと、
「フェス行ってくっから！」とバチバチにキメた木嶋さんは、颯爽と去っていく。

呆然としかし、海都と手はしっかり繋いで、
「木嶋さん、背中見せすぎだって…」の後ろ姿を送り出したことは一度ではない。

ちなみに、木嶋さんはダーリンと手を繋いでいた。

旦那さんは、「もなちゃんは、海都の乳母だからねぇ。」と笑顔でお土産をくれた。

「いいか最中。母親を決めつけないこと。母親に浸りすぎないこと。母親なんてたいしたことないんだから。何億の人がなってるかって話よ。でね、母親の正解はただ一つ。周りの人に助けてもらってなんぼだよ。」

木嶋さんのおかげで、最中は育成の一端を担い
海都は優しく逞しく、程よく気の利いた8歳になった。

海都、お願いがあるんだけど。

何？海都は、真剣で四葉のクローバーを探している。

あのさ、私と1回キスしてもらえませんか？

海都は、振り返り、口？と聞いた。

できたら。と最中が言うと、

ほっぺならいいけど、口はだめ。と言う。

なんで？と最中が聞くと、

えっ、だって俺の虫歯が、もなちゃんにうつると嫌だ。

と言った。

最中は泣きそうになる。優しいよー。

ほっぺならどうぞ。海都はそう言ってまた四葉のクローバーを探す。

うん、ありがとう。最中も四葉のクローバーを探しながら、海都に聞いてもらおう。と話し始めた。

海都、私ね、人とおんなじことをしてこなかったの。人が普通にできていることができないまんま、大人になっちゃった。

みんなさ、私と同じ年齢の人はさ、キスなんて随分昔にしてるんだよ。なのにさ、なんかさ、
ずっとずっとさ、怖かったんだ。

誰かとそんなピッタリ顔を近づけるのも、心をさ、寄せるのもさ、怖かったんだ。

ふーん。そうかあ。海都はそう言った後、こう続けた。

もなちゃんはさ、四葉のクローバーみたいってこと？

ん？

だって珍しい人でしょ。なかなか見つけられない人でしょ。

ああ、そういう意味か。

海都は四葉のクローバーを手にしていた。

もなちゃんにあげるよ。海都は言った。

あっ、ちょっとたんま。

海都は四葉のクローバーの葉っぱを一枚勢いよく摘んで引っ張った。

へ？

もなちゃんは、三つ葉になりたいんだもんね。
と海都は言った。

もなちゃん、簡単だよ。

もなちゃんはさ、葉っぱをひとつとればいいだけだから。

いつでもなれるよ。と海都は笑った。

もなちゃん、誰かとすごく仲良しになってさ、
ちゅうできるよ。

俺とはさ、ちゅうしなくても仲良しだから大丈夫よ。

海都。

最中はたった今まで四葉だった三つ葉を手のひらにのせたまま、海都を抱きしめる。

海都は最中の背中を撫でて、もなちゃん、苦しい。と呟く。

ごめんごめん、海都を解放して「お返しの四葉を探すね！」と言って、もう一度、しゃがみ込んでクローバーを見つめる。

俺さ、実は五つ葉探してんの。と海都が言う。

志が高いじゃないか。望むところだ。

そうだな、海都は確かに私の中の五つ葉みたいな奇跡だ。

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