闇夜に灯籠 (ショートショート)
2年参りに行く境内までの参道脇。
積み上げられた雪壁の所々で、灯りが揺れる。
「誰がしてくれたのかな。明るいね」
「氏子総代だろ。」
私の声に夫が答える。
雪壁に小さく四角い穴を掘り、紙コップに立てた蝋燭に火をつけたものが並ぶ。準備してくれた人を想う。幾つもの炎が夜道を照らしていた。
幻想的な夜道に、ふと、大きなスタジアムでゆらめくペンライトがよぎる。
先輩と行ったライブの帰り道で、一休みしたカフェ。
「ほっとしたんだよ。少し。ああ、もうあの子の
苦しそうな顔を見なくて済むんだなと思ったの。
毎日毎日玄関のドアを開ける時、緊張していたんだ。」
数年前、先輩は息子さんを亡くしていた。
一緒に長く仕事をしていたが、プライベートを語る人ではなかった。厳しく、孤高の人だった。
チームワークを求められる仕事では、疎ましく感じることも、その冷たさに距離を埋められずもどかしく思うこともあった。
息子さんが亡くなった。
その衝撃はしばらく職場をざわつかせたが、先輩の復帰後、ぼんやりとしたお悔やみを伝えるのみで誰もが何もなかったように振る舞った。
何をどうすることが傷つけないことかを、誰も知らなかった。
しばらく時間が経過した頃、テレビに流れたアイドルの映像に、先輩がたまたま横にいた私に
話すでもなく、呟いた。
「私、この子達好きなんだよね」
「えっ? 私も好きです。」
振り向いた先輩は言った。
「ライブ行こうよ。」と。
「はい、ぜひ。」以外の返答は見当たらなかった。
特別仲良くもない。世代も違う。それでも、同じアイドルが好きなだけで関係は動き出すことがある。
孤高の先輩は、煌めくスタジアムではしゃぐでもなく平静にステージを見つめていた。
隣で歓声をあげ、歌を歌い、飛んだり跳ねたりする私を、制するでも蔑むでもなく、前を見ていた。
「すっごい楽しかった。また来よう。」とコーヒーを飲む先輩が興奮していたことを知り、吹き出しそうになる。
「楽しいことをしてはいけないような気がしていたんだ。幸せになることは後ろめたさしかない。」
ライブの余韻が、先輩の心を振動させていた。
語られる話は悲しみより寂しさより、先輩が
抱えていた苦悩と取り返せない葛藤があった。
ただ俯いて冷めたコーヒーを見つめていた。
「あの子がさ、そこで笑ってるよ。優しい顔をしているって。孫がね、階段を指さして言うんだ。
そうなんだろうなと思うことにしている。」
先輩のその話は、私の視線を先輩に戻し、心に何かを灯した。
「また、ライブ行きましょうね」私は言った。
「もちろん。また行こう。」先輩は当たり前の顔をしていた。
ライブにゆらめくペンライトは、感謝でありエールだ。
闇夜に浮かぶ灯籠は、誰かの優しさであり献上の意がある。
あの日、私の心に灯った光は。先輩の息子さんの
微笑みがもたらしたものだ。
人は死してなお、誰かを照らし幸せをもたらすこともある。
命とは、思わず絶えず、温かい。
(1190字)
☆☆☆
ピリカさんのこちらの企画に参加しているみなさんのショートショートを読んで、羨ましくなり書きました。
ピリカさん、滑り込みですみません。
よろしくお願いします。