【あべ本#32】安倍寛信『安倍家の素顔』
■ハロプロ写真集系出版社が出した「奇書」
なぜか新宿紀伊国屋書店(3階)で大展開されているのを目撃した、装丁からしてかなり独特の雰囲気を漂わせているこちらの「あべ本」。なにせ筆者は安倍前総理の実兄・安倍寛信氏だというのだから読まないわけにはいきません。
達筆で安倍前総理の字にそっくりな題字は、ゴッドマザーこと安倍洋子氏、つまり安倍前総理らの実母の手によるものでございます。
不思議なのはこの本、オデッセー出版というところから出版されているのですが、こちらの出版社はハロプロ系の写真集を多く手掛けているようで、「いったいなぜこの本がこの版元から???」感が非常に強い。
ご覧ください、オデッセー出版サイトの既刊本コーナーを!
この場違い感!
どうしてこの版元になったのかはわかりませんが、おそらく自費出版に近いような形で、筆者、ひいては「安倍家」が書きたいように書くために、ここへ持ち込んだか、あるいは「書いてみませんか」という話に、「自分たちの思うような本にできるなら」と応じたかしたのでしょう。
商業的に考えたら、普通はゴッドマザーの直筆で題字を、とか、家族写真とキャプションを本のカバーにしてしまおう、という話はなかなかなりにくいように思います。
■安倍家の「公式見解」
というのは本の内容を読むと感じ取れる。本当に素直に切々と、「安倍家の日常」を綴っており、ジャーナリスティックな面や暴露的な話は一切ありません。「世間で言われ放題なので、安倍家としての『公式見解』を長男の立場から述べておきたい」という雰囲気に満ち溢れています。
安倍前総理のルーツというとどうしても岸信介が先に立ち、安倍晋太郎の父である安倍寛についてはあまり触れられてきませんでした。しかも安倍寛は岸信介と関係があったものの革新派だったということで、「安倍は寛に触れたくないんじゃないか」などと言われ、安倍政権に批判的だった青木理に『安倍三代』なる本を出されたことも。
おそらくそれを意識してか、本書は安倍寛にも1章を割き、晋三が議員会館に寛の「立候補のあいさつ」を飾っていることなどを紹介。「別に触れたくないわけではない」「むしろリスペクトしている」との姿勢を明らかにしています。
■「日常」といえど一般家庭とは全く違う
内容は安倍前総理の辞任前の体調についての本人の弁や、兄弟でありながら岸家の養子となり、途中までは「いとこ」というていで育っていた末の弟・岸信夫(現防衛大臣)との複雑な関係などが率直につづられていて、マニア的な面白さはあります。
ただ、副題に「安倍家長男が語る家族の日常」とあり、平易な言葉で確かに「日常」や「祖父や父」について綴られてはいますが、この一家やその構成員にとっての「日常」は政治と直結しているので、読めば読むほど「普通の人とは全く違う」ことを突き付けられることに。
どんな家のどんな先祖にも様々なエピソードはありますが、それらが全部「日本政治という舞台」に載ってしまうというのは、やはり稀有なこと。安倍兄弟(+岸信夫)の子供の頃の写真などは、その世代の人には懐かしい部分もあるでしょうが、しかし写っている祖父さんは首相、という時点で、やっぱり「日常」風景自体が違うよなと思ってしまいますね。
■晋三が信夫に「焼きもち」
中で最も面白かったのは、安倍晋三が岸信夫に「焼きもち」を焼いていたというエピソード。岸信介からの寵愛を受けていた晋三でしたが、信夫が生まれ、岸家の養子となり、しかも岸家に伝わる「信」の字を継承した。これが晋三に焼きもちを焼かせたようです。
もちろん、どんな兄弟姉妹にも「弟・妹が生まれて、兄や姉が嫉妬した」ケースはあるでしょうが、この場合は単なる「末っ子争い」ではなく、政治的な正統性みたいなものまで関わってくるので、察するにこの「焼きもち」に近い感情を、晋三は今も持っているのでは…と邪推したり。
「岸のDNAを継いでいる!」として、良くも悪くも評されてきた安倍晋三については、情報や分析が山のようにある一方、岸信夫についての分析や人となりはあまり知らない。本なども出ていない。岸信夫が防衛大臣以上の座に就くかどうかは分かりませんが、「あべ本」に続いて「きし本」が出たらいいのになと思うのでありました。特に「晋三との関係性」に触れるものの刊行をお待ちしております。