【あべ本#8】相澤冬樹『安倍官邸VS.NHK』
とにかく筆者のキャラが濃い
副題は《森友事件をスクープした私が辞めた理由》。NHK大阪局で森友事件を追い、重要な情報をつかんできた記者が、記者職から外され、退職に至るまでを自ら綴っています。
とにかく筆者である相澤氏のキャラが濃い。そのため、一度読んだ時点では彼のキャラクターに関する印象が強すぎて、肝心の森友事件取材やNHK内部の圧力云々の話が霞んでしまうほどです。これまた、現役記者が実際の事件について書いた本としては異質でしょう。
というよりはこの本も、「森友事件」以上に、「森友事件を追う俺の足跡と、その俺がNHKで記者から外された件」がメイン。先に紹介した山口某氏の本に近いのですが、この本は副題で「私が辞めた理由」と明示しているので、一応セーフ。
自らを(軍国酒場で軍歌を歌ったことがあり、「吉田松陰先生」(筆者の記述による)のカレンダーを自宅と職場に貼るほどの)「真性右翼」と書いている相澤記者ですが、果たしてこれだけで「真性右翼」と言えるのかどうか。NHK内では「相澤さんって右翼だよな」と言われてはいるでしょうが、この辺りのズレというか、思い込みの強さみたいなものが、一冊を通じて嫌というほど伝わってくるのが地味にキツイ。
読者としては肝心の「森友事件をどう取材していたのか」「報道について官邸からの圧力はあったのか」「圧力とは具体的に何なのか」「NHKはその圧力に屈したのか」を知りたいのですが、毒抜きというか塩抜きというか、とにかく筆者のキャラに関する要素を差し引かなければならなかったので、二回読む羽目になったことをまずご報告いたします。
押しの強さは記者には必要だと思うけれど
確かに事件をしつこく追いかける記者は、ある程度の我の強さや押しの強さが必要で、厚顔無恥も武器なのかも。話題の東京新聞・望月衣塑子記者の本を読んでも毎回、「こんなに思い込みが強くて記者が務まるのか?」と思うのですが、その思い込みや押しの強さがいい方向へ出れば、一筋縄ではいかない議員や警察関係者などからも情報を得られる、という面はあるのかもしれません。
が、一方でその「思い込みの強さ」(事件や原稿に対する「思い入れの強さ」と言ってもいいかもしれないが)は、おそらく職場でも知られていただろうし、原稿にも出ていたのではないかとも思う。本では、相澤氏自身が書いた記事と、修正された記事が掲載されており、例えば「安倍昭恵に関する記述が修正された」などとしているのですが、出来上がった記事を見ると、修正後の記事のほうが読みやすかったりもするのです。「これは別に圧力でも忖度でもないのでは……」という印象。
また、「籠池理事長は私を信頼してくれている!」式に、籠池理事長夫妻の「窓口」となった菅野氏に取材許可を取ろうとねじ込んだりしているのですが、何回か取材したくらいで「彼は私を取材者として信頼しているのですから!」と自分でいえてしまうのもちょっと驚きです。
このある種の「過信」は、相澤氏自身が自らを真性右翼だと思っているために「右派の籠池氏とは通じるところがある!」と信じているからのようですが、うーんどうなんでしょう。
おっと、毒抜きをしたのにまた「相澤氏のキャラ」に因るところに話が行ってしまいました。
「圧力」の根源との対峙
森友事件を追っていた相澤氏ですが、入手したネタが報じられても二番手三番手以下の末席に追いやられたりする中で、「これは『あいつ』の仕業だ」と勘づく。
《番組は上からの圧力で、もっと根源的なところで骨抜きにされる寸前だった。最大の焦点となったのは、亡くなった近畿財務局のA上席についての扱いだった》
《独自の取材で、様々な経緯が分かってきていた。(中略)ところが、「クローズアップ現代+」のM編集長は、なぜか、A上席の話を番組の冒頭に持ってくることを頑なに拒否した。明確な理由もなく、不自然なまでに。(中略)編集長のこうした姿に担当PDたちは、背後にいる、ある人物の姿を感じていた。NHK報道部門のトップに立つ小池報道局長の姿を》
そして相澤氏には「記者から外れてもらう」という内示があり、それではやっていられないということで、NHK退職を決める。そして退職届を出した相澤氏が、その小池報道局長に会いに行く場面。盛り上がりますね。森友事件で安倍政権批判をも辞さなかった、スクープ記者が記者を降ろされ、現場にかかっていた圧力のトップにいる、しかも官邸に近いと目される人物に会いに行くのですから。何か起こりそうな予感がするのだが、何も起きない。
どうも小池報道局長という人は現場に口を出しすぎて「Kアラート」などと揶揄されているようなのですが、実際に官邸からの圧力を受けて現場に指示を出していたのか、自身が官邸と近いから忖度して現場に圧力をかけていたのか、「小池は官邸に近いからどうせ無理だろう」と現場が忖度して相澤氏のネタの扱いが悪くなったのか、微妙なのです。
「近畿財務局が学園側と協議して購入できる上限額を聞き、財務局側もここまでしか下げられないという下限額を説明、最終的に双方が折り合う額での売却を決めた」という相澤氏のスクープが、ニュース7で報じられたことに小池報道局長が激怒した、というエピソードが紹介されています。その時に「あなたの将来はないと思え」と言われた人がいるとのこと。これも、「官邸に近い小池氏への説明は骨が折れるからボヤッと伝えておこう」と忖度した部下がいて事実を知った小池報道局長が怒ったのか、官邸を攻撃することになるから怒ったのか、よくわからない。
(ご本人が本書で強調しているわけではないけれど)そもそも「官邸の圧力」というのがよくわからない。NHKの予算は国会が握っているとはいえ、具体的に政治の側から締め上げがあれば、さすがに国民も「やりすぎ」となるでしょう。「官邸に近い人が偉くなったから」とか「偉い人が官邸と近くなった」というのも、視聴者には「だから?」という話でしかない。官邸の機嫌を損ねたら、情報がもらえないのか? 「政権に近い」幹部は、何のために政権を忖度しているのか。情報なのか、首相に番組に出てもらえないからなのか、この辺りがわからないのです。
メディア側が、官邸の圧力に屈して得られるもの・守られるものは何なのか? 放送法なのか放送の免許制度なのか。ここをはっきりしてほしいところ。それとも単に、「総理が(俺に)言ってるんだよ!」と言いたいだけのメディア幹部がいるのか。そういう幹部に怒鳴られたくない部下たちが、忖度して回っているのか。
第一次政権時代にメディアから相当な攻撃を食らった安倍政権が、第二次になってからは対策を講じてうまくやっているのだろうことは想像がつきます。しかしその対策に乗ってしまう、あるいは圧力というものがあったにせよ、それに屈してしまうとなればメディアの側の責任が大きいのでは? 望月衣塑子記者も『同調圧力』(角川新書)という本を出していますが、「同調圧力」だったらメディア関係者自身の問題であって、「ちょっと何を言っているのかよく分からないです」という感じになってくる。
「官邸の圧力」で排除されたメディア関係者、とされている人もいますが、実際本当にそうだったのか分からない。NHKの国谷キャスターもそうなら、岸井成格さんもそう。官邸をかばう気は一ミリもありませんが、事実なのかどうかにはこだわりたいので本当のことを知りたい。だからこの本も読んだのですが、「官邸の圧力」なるものの実態/実体が見えてこないのです。「だからこそ怖いんだ」というのは分かるけれど、メディア内の自浄能力をどうにかする方が先では、と思わなくもない。
「小池ちゃんさあ、あの記者辞めさせてよ。そうじゃないと……わかってるよね?」と官邸筋が伝えてくるという分かりやすい圧力はないでしょうが、「あー、これは確かにやられたらキツイわ。官邸は汚いな」という事例があればご教示ください。
「相澤先生の次回作にご期待ください!」
最後に、森友事件に関しては結局、この本では真相は明らかになっていませんし、そもそもが森友事件の真相を書くための本でもありません。相澤氏本人も、終章でNHKを辞めた後も森友事件を追い続ける、と宣言している。
ここのところ、籠池夫妻の動向を伝えているのは、それまで窓口となっていて本書にも登場する菅野完氏ではなく、もっぱら相澤氏です。ただ、補助金不正の問題での公判は進んでも、森友学園問題については新事実が何も出てきていません。森友事件を追うためにNHKを辞め、大阪日日新聞に転じられた「相澤先生の次回作にご期待ください!」と『週刊少年ジャンプ』連載の最終回みたいな形で今回のレビューを締めようと思います。