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【文フリ出品までの記録4】フォントをめぐる冒険(ほぼ脱線)
今回は前回の続き、「100年前(1920年代)のソビエトの雑誌に使われている見慣れないフォントは何という書体なのか」を探索するところから。(ですます調がまだるっこしいので今回から、だ・である調で書きます)
前回、雑誌のサイズを調べたときのように、一発で情報が出てくることはなく、今回のフォント探しは難航。そして文フリとはまったく関係ない方向へ脱線をすることに…
Google画像検索、書体を認識せず
なんとなく、フォントの画像を入れてGoogle先生に聞けば、すぐに「この画像の書体は⚪︎⚪︎です」と答えを教えてくれる気がしていた。しかし、甘かった。全然ヒットしない。2024年現在、Google画像検索では、キリル文字の書体の確定はできないようだ。GPT-4だとできるんだろうか。
![](https://assets.st-note.com/img/1713785485810-5DxGGVOQoE.jpg?width=1200)
紙の色味なども含めた総体として似た画像を抽出しているのかも。
なるべくなら無料で調べたいので引き続きGoogleを使い、キーワードで検索をかける。もちろん1回では終わらず、何回もキーワードをチューニングしながら、出てくる結果の画像をひたすらスクロールしていく。
русский фонтで検索
=デザイン性の高い現代的でポップなフォントが多く表示される。
↓
русские шрифтыで検索
=表示されるフォントの幅が広がった気がする一方、なぜかラテン文字のフォントまで出てくるようになる
↓
Кириллические шрифты 1920-хで検索
=当時使われていただろう古めかしいフォントが表示されるようになった
Кириллические шрифты 1920-хの結果がいちばんそれらしかったので、それに的を絞り、出てきた画像をひたすらスクロールしていくが、いくら下にいっても私が探している書体らしいものが出てこない。
しかし、結果をよくみると、多くの画像がひとつの記事から引用されていることに気づく。それがこの記事。
『書体』という名前の雑誌が発行元。そんな名前の雑誌があることにも驚きつつ、たくさんの書体が画像付きで紹介されているようなので、記事を見にいく。
「あるスタンダードの歴史」という記事
記事は、1930年代のソビエトで制定された「OST1337」という標準フォントセットをめぐる歴史をくわしく紹介したものだった。
記事によると、標準フォントセットOST1337とは、お上が「こういう文書にはこういう書体を使いなさいね」と定めた書体群のことであり、「すでに存在している書体(当時で1500以上あった)をそのまま野放図に使っていたら不経済なのでリストラします」という、計画経済の延長にあった施策のようだ。
記事は一見この施策を批判しているようにも見えるが(標準フォントセットの導入によって多くの字体が失われ、印刷物の豊かさが損なわれたことを嘆く作家のコメントが冒頭に引用されている)、標準フォントセットに関わった人たちの来歴や(有象無象の輩ではなく各方面に精通した専門家集団だった模様)、採用された書体の来歴・評価を丁寧に取り上げてもいて、一面的に批判しているようには感じられない。むしろ、読んでいると標準フォントセットOST1337は誠実に選ばれ作られたのだという印象をもつ。
記事を読みながら、OST1337に採用された数々の書体を眺めていくうち(どれも美しく、見ていて飽きない)、ついに、私は探しているフォントを見つけた。
書体No.18 エリザベータ
そのフォントはOST1337の18番目のフォントで、Елизаветинскийという名前がついていた。
![](https://assets.st-note.com/img/1713794229212-klWrGqJdXU.jpg?width=1200)
З, Щ, Цの特徴的なカールが、探していたフォントとそっくりで、Йの字も似ている。そのほかの文字の特徴も一致している。縦に極端にせまいЛや、細長いЯなんかが。
![](https://assets.st-note.com/img/1713794291037-G93rDpy6hD.jpg?width=1200)
さきほど紹介した《шрифт》の記事によれば、Елизаветинскийフォントは、レーマン(Осип Иванович Леман, 1833-1877)の工房で生まれた。
エリザベータとは18世紀後半のロシアの女帝だが、レーマンの生年からすると、このフォントが生まれたのは19世紀に入ってからということになる。(ちなみにレーマンはエリザベータフォント以外にも数多くの書体を生み出し、その多くがOST1337に採用されている)
時の流れとともに、エリザベータフォントはいくつかのバリエーションに分かれるが、OST1337の策定にあたって、一般的なバージョンだけが書体No.18として残された、ということのようだ。
年代を整理すると、
19世紀 エリザベータフォントが作られる
1928年 雑誌《Чудак》が創刊、エリザベータフォントが使われる
1930年 OST1337のNo.18にエリザベータフォントが採用される
という順になる。
脱線/レーニン全集第2版
《шрифт》の記事で紹介されていた識者の評価では、エリザベータフォントは、非常に優雅な書体とされている。それゆえ芸術出版物の他、文学や雑誌の出版にも用いられた、とある。
まさに、雑誌《Чудак》に使われているので、その通りではある。ただ、この《Чудак》はいわゆる高級誌ではなく、通俗誌だ。そういう雑誌がわざわざエレガントな書体を使っているのは興味深い。
なにせ、このエリザベータフォントはレーニン全集に用いられたフォントだという。ソビエトで最も権威ある人物レーニンの全集に採用されたというだけで、なにか特別な、選ばれしフォントという感じがする。
![](https://assets.st-note.com/img/1714216017373-B2GTxtgQL7.png?width=1200)
レーニン全集にエリザベータフォントが使われていることは《шрифт》の記事で知った。ところで、記事では「レーニン全集第2版では」と限定してある。
わざわざ限定しているということは3版以降は違うの?
と、記事を読んだ多くの人は思うだろう(たぶん)。私もそう思った。
思ったので、第3版以降を調べてみた。聴講している大学の図書館証を最大限に活用し、第3版、第4版、第5版を借り出す。と書くと簡単だけれども、各版はそれぞれ異なる学部が所蔵しており、ひとつずつ別の図書館に出向く必要があった。仕事と聴講の隙間時間で調査したため、すべての版の調査が終わるまでに3週間もかかってしまった。(しかし、こういうどうでもいいことをやっているときが一番楽しい)
まず、もっとも出版年の新しい第5版はこうなっている。
![](https://assets.st-note.com/img/1714217835786-ArSnBhRjOO.png?width=1200)
エリザベータフォントではない。横にひろく、読みやすい。今でもよく見かけるフォントだと思う。
次に、第4版。
![](https://assets.st-note.com/img/1714218179672-7p7FrPU4ZN.png?width=1200)
これも、エリザベータフォントではない。第5版と同じフォントのように見える。
さて、第3版はどうなのか。
![](https://assets.st-note.com/img/1714218662859-D11D7itP3X.png?width=1200)
エリザベータフォントではなかった。そして第4版・第5版のフォントとも違っていた。(長いタイトルが1行で収まっていることからもわかるように)エリザベータフォント以上に幅が狭い(縦に長い)フォントだ。
やっぱりエリザベータフォントは第2版だけなんだね。納得。
納得…しようとしたところで、また別のところに目がいく。この第3版の巻頭には「第2版から変更を施さないで転載したものです」と書いてある。
変更しないでそのまま転載しているなら、なぜわざわざフォントを変えた?
という別の疑問がでてきてしまう…
今と違って活字を組み直すのは簡単じゃないはずなのに。
エリザベータフォント以上に縦長なフォントを使うことで、紙幅を節約する狙いがあったんだろうか。
なぜだろう。気になる。調べてみたい。調べてみたいがこれ以上脱線するといろいろ危ういのでやめておく(いつか調べるかもしれない)。
ともかく、レーニン全集(第2版)にも採用されたフォント、Елизаветинскийフォントが、私が再現したがっている雑誌《Чудак》にも使われていたということだ。そしてそのフォントはのちにOST1337という政府の定める標準フォントセットの仲間入りをした。
エリザベータフォントの現在
さらに時代が進むと、このOST1337はバージョンアップしてGOST3489となる。GOST3489は1947年に策定され、今もロシア領内で使われているそうだ(Wikipediaによる)。
そして、エリザベータフォントは、GOST3489にも採用された。
GOST 3489.12-71。これがエリザベータフォントに振られた番号だ。
前回の記事で書いたように、雑誌《Чудак》のフォントを私は見慣れないと感じた。もう今は使われていないフォントなのじゃないかと思った。しかし、今もちゃんと現役フォントとして存在していた。エリザベータという名前から、GOST 3489.12-71という無味乾燥の記号に姿を変えながらも。
![](https://assets.st-note.com/img/1714221017898-HKCM6MYOnp.png?width=1200)
GOST 3489.12-71の仕様書(上の画像)にエリザベータフォントを見つけたとき、私は妙に嬉しかった。
仕様書(PDFがWebで閲覧できる)には、このフォントの推奨用途を「学術文献、文学(児童向けは除く)、文芸雑誌など」と定めている。
どこかの学術論文や文芸誌でひっそりと使われていてほしいと願う。
再度年代をまとめておく。
19世紀 エリザベータフォントが作られる
1928年 雑誌《Чудак》が創刊、エリザベータフォントが使われる
1929年 レーニン全集第2版にエリザベータフォントが使われる
1930年 OST1337のNo.18にエリザベータフォントが採用される
1947年 GOST3489のNo.12-71にエリザベータフォントが採用される
現在に至る
文フリ出品物に使う日本語フォントはどうするのか
さてここからがようやく本題(!)。「エリザベータフォントの雰囲気を日本語フォントでどう再現するか」という問題がまだ残っている。
結論からいうと、結論が出ていない。
素人目からみて、エリザベータフォントの特徴と思われるのは、
縦長である
縦線が太く、横線が細い。そのコントラストが強い
飾り的な要素がある(わざわざ字の最後をカールさせるなど)
あたりだけれども、こうした特徴のほかにも、
「100年前の雑誌を再現する」という趣旨を踏まえると、
今よくみかけるフォントからは遠い雰囲気を持っている
ことも大事だし、
当時の雑誌を再現しようとすると「字間が詰まった」感じになるが、そうした紙面でも読めるように、
「視認性」を備えている
ことも大切になる。
これかなと思うフォントを探しては試してみているものの、フォントの特徴が一致したとしても文章の塊として表示させてみると「なんか違う雰囲気」と感じられたりすることが多く、これがなかなか難しい。
![](https://assets.st-note.com/img/1714226511777-nTfvx8IrMZ.png?width=1200)
とはいえ、2つくらいまでは絞れてきた。「コーポレート明朝」か「Hina Mincho」あたりかなと思っている。まだ時間はあるのでもう少し検討したい。
![](https://assets.st-note.com/img/1714227105909-6h7g3BqnCN.png?width=1200)
なお、フォントを探すにあたってはフォントラボというサイトの、「レトロ」や「明朝」を参考にさせてもらった。ありがとうございました。
次回は翻訳のことなどを書こうかと思う。次は脱線しないはず!